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創作論について


 エンタメ風に書いています、あんまり堅苦しいのは嫌かなと思いまして。

 そもそも、あれを書こうと思ったのは『センス』とか『経験』とか曖昧に濁すような指南が、そんな無責任な指南があるものか、と憤りを覚えたからです。

 私は、あの創作論を通して学び、自立して欲しいんです。

 創作論では基礎、文章の質向上を狙い撃ちしています。自立すれば、自由にもっと楽しく、小説が書けるから。

 私はほんとに、みなさんの為になりたい。秘匿する世の中じゃない、今の時代は。

2件のコメント

  • こちらに返信を書き込んでいいのかどうかとも迷いましたが、折角ですのでこちらに。

    改めまして、参加いただきありがとうございました。

    >西尾維新
    そうですね、どうしても連想されます。灰汁が強い作家ですし、これは避けがたい部分だと思います。先駆者がプロ作家で、広く話題をさらった存在である以上、必然的に影響の影が差すのでしょう。これは奈須きのこ先生にも言えることで、ある種、罪深いお二人だと個人的には感じています。

    >言葉遊び
    千古不易さまの文体ですと、どうしても期待してしまいます。特に本作は主人公がやや斜に構え、観測者的立ち位置に見える側面が強かったため、なおさらでした。作品世界の内部ではなく、どこか遠い場所から俯瞰しているような佇まいがあり、それが読者側の「言葉遊び」への期待値を自然と押し上げていたのだと思います。

    >差別化
    文体は、もはや「そういうもの」と言うほかなく、ある種のラベルになっています。千古不易さまにとっては「呪い」かもしれませんが、むしろ強みとして捉えるべきではないか、と私は考えています。描けること自体を悲観すべきではありません。

    >違いを前に出さなければならない
    本作は私の印象では『戯言シリーズ』寄りで、『化物語』ではありませんでした。この違いは、講評で触れた「探偵が先か」「事件が先か」という構図の差とも言えます。前者が戯言で、後者が化物語。そういった感覚を私は抱きました。
    同じ西尾維新作品であっても、そこに確かな差異が出ます。どこに体重をかけるのか、という設計判断は重要です。構造・設定・世界観で独自性を出すのか、キャラクターで勝負するのか。
    本作はキャラクター側へ強く振っており、主人公の灰汁の強さに引っ張られるように周囲も灰汁が強くなる——その構造が、戯言的な印象へ繋がったのではないかと考えました。

    >タイトル
    賛否はあると思いますが、長文タイトルで作品内容を正確に伝えるのは難しいうえに、文体との相性もありますので、効果的だったかというと疑問が入りますね。
    むしろ、あの文体を好む読者層へ寄せた方が強いのかもしれません。

    >苦しみながら生きているだけの作品
    この文体は「動きが出にくい」という制約が確かにあります。そのため、ミステリーやサスペンスと相性が良いのだと思います。「事件」が物語を牽引し、登場人物はホームズのように俯瞰的に描けるためです。

    >帝都公女編
    何れ、拝読させていただければと思います。あるいは、また企画に参加していただく形でも大歓迎ですw

    >ガガンボ
    お気遣い恐縮です。企画を立てていると、こちらもいろいろ考えるところはありまして……いや、これ以上は愚痴になりますので、ここでやめておきます。

    長文失礼しました。

  •  いえいえ、態々ありがとうございます。

     あまり長文だと終わりがなさそうなので、次回があれば是非とも!

     企画が終わるまでは、申し上げていた通りまた講評と作品を見比べたりしますので、もう暫し私がうろちょろ致しますぞい!

     楽しんでまして、はい。えへへ。



     あ、ちょっとした蛇足ですが。あの文体は普通に止められます、カチッと切り替えられるようになってますね。学生の頃は呪いでしたが、幾つか文体を操れるようになったので感謝の方が比率は高いです。

     お陰で分析と構造理解と体系化が趣味な奇人になりました。創作論を出す位には頭でっかちの……。

     って蛇足の方が字数が多くなりそうだ!



     では!

     次なる方の講評もわくわくしときます!
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