「追放&復讐もの」というタイトル。
追放、復讐ものは正直言えば性に合わないのですが、頑張って書いてみました。とりあえず、こうなる!
※今回のSSについては、サンプル的な扱いで掲載1週間後に限定公開を解除してます(割と内容が気に入ったのもある!)
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鬱蒼とした森の中から男が現れた。その手は一人の少年の腕を掴んでいる。目の前は崖になっている。
「ワルサーっ! なんで、やめてくれ! 僕は……僕は戦えるから! 役に立つから!」
少年の叫びにワルサーと呼ばれた男は顔をしかめて笑った。
「ひひひっ、煩せえよ。大声を出すんじゃねえよ、ケイレブ君よぉ。お前は足手まといなんだ、分かるか? お前みたいなお荷物がいると邪魔なんだよ」
「だからって、やめろ! 放せっ!」
「やだね」
ケイレブの訴えなど耳も貸さずワルサーは、そのまま進む。その先は崖となって、かなりの高さがあった。目指しているのは、もちろんそこだ。
「放せっ、やめてくれ。こんなの間違ってる!」
「はいはい、言ってろって。おっと、この短剣もお前にゃ必要ないな。俺が頂いちゃうぜぇ。はっはぁ、良い事をすると気分が良いなぁ」
「返せ! それは僕が戦うために!」
「こらこら、あんま大きな声を出すんじゃねぇぞ。見つかっちまうだろぉ? それともなんだぁ? お前は今ここで死にたいのか? ああ?」
「ぼ、僕は……」
ケイレブは悔しそうに黙り込んだ。
その様子を笑うワルサーだが、ちらちらと後ろを気にして警戒している。
「じゃーなー、崖の下は川だ。運が良けりゃ生き延びられるだろな」
「やめろ、本当にやめてくれ! 僕は役に立つ、きっと役に立つ!」
「ガキがうっせぇよ! 俺らはな、お前みたいに才能なんて無いんだよ。どう足掻いたってな、上にも行けねぇ屑なんだよ。お前とは違ってな!」
ひひっと笑ったワルサーは、崖下めがけケイレブを放り投げた。
弧を描いて飛んだケイレブは水中へと落下。必死に水面へと顔を出すが、そのまま為す術もなく流されていく。
「ワルサーっ! 絶対にだ、絶対に忘れない! 僕は覚えてるぞ!」
そんな声が微かに聞こえたが、ワルサーは鼻で笑った。
「ばーか」
手に入れた短剣を腰の後ろに装着し、何度か抜き差しをして具合を確認。にやにやと嬉しそうに満足して笑った。
「さーて」
ワルサーは振り向いて剣を抜いた。
鬱蒼とした森の木々が揺れ、そこから鳥が飛び立ち逃げ去っていく。やがて、ガサガサと枝葉を揺らし一匹のモンスターが姿を現す。
全身を短い獣毛に覆われたそいつはアルバランと呼ばれる。かなりの強敵であり中級殺しとさえ呼ばれるモンスターだ。当然だが、しがない下級冒険者のワルサーが敵う相手ではなかった。
アルバランは発達した腕を揺らし一歩ずつ踏み締めるようにやってくる。余裕の態度だ。獲物をどう引き裂くか考えているのだろうか、鋭い爪のある手は握ったり開いたりを繰り返していた。
頭部にある一対の角を見てワルサーは顔をしかめた。
「ベレッタよう……」
そこに引っかかっている血の滴るボロ布は、長年苦楽を共にした相棒のものだ。
「ったく、何やってんだよ」
ワルサーは全身が震え上がるような恐怖を覚えている。いや実際に震えていた。本当なら今すぐにでも逃げたかった。
「ひひっ、間に合ったのはコルトの奴と頑張ったからか? ほんと、あの腰抜けが真っ先に突っ込むとは思わなかったぜ」
ワルサーはベレッタとコルトの三人で長いことやって来たが、いっこうに浮かばれず底辺を彷徨っていた。しかし少し前にケイレブという少年に出会い、一緒にフィールドに出るようになったのだ。
ケイレブの成長を見るのは楽しかった。教えた事を直ぐに覚え、さらに上の具合でやってみせる。まさに才能の塊だった。羨ましいぐらいの才能で、将来は間違いなく上級冒険者にまで上り詰めるに違いないと皆が確信していた。
そこに嫉妬がなかったとは言わない。
だが、それ以上に嬉しかった。自分たちにない才能を持ったケイレブの成長を見るのは最高だった。どうしようもなく落ちこぼれで、どうにもならない自分たちと違い、輝ける未来に辿り着けるであろうケイレブを見ている事が楽しかった。
だからアルバランに遭遇し逃げないと分かった時、ワルサーたちは決めたのだ。
才能あるケイレブを、ここでは終わらせないと。
いつも真っ先に逃げていたベレッタも、臆病で気の小さいコルトも、卑怯で狡いワルサーも。全員が力を合わせ、自ら定めたクエストを成し遂げたのだ。
「俺らみたいなカスよか、あいつが生きた方が良いものな」
息を吸って吐いて全身に力を行き渡らせた。覚悟を決めた瞬間、震えが止まる。このアルバランは執念深くしつこいモンスターだ。今は少しでも時間を稼ぎケイレブを遠くにやらねばならない。
「まっ、少しは足掻かせて貰うぜ!」
横に飛び退く。
いきなり突っ込んできたアルバランの拳が、それまで居た場所を薙ぐ。拳が地面に激突すると土や石が跳ね上がったぐらいだ。
「喰らっとけ!」
渾身の力で振り回した剣を叩き付ける。命中するが手応えが重い。傷は与えたが浅く殆んどダメージを与えられていない。それどころか逆に、軽く払われた腕を顔面にくらってしまう。
声すら上げられず吹っ飛ばされた。
地面に激突し、さらに転がる。剣を落とさなかったのは奇跡だが、鼻は潰され歯も折れて口の中は血まみれだ。
「俺じゃ……勝てないのは分かって……る。どうせ才能のないカス……そんな事は分かって……どうにもならんのは知ってる。だが……だが、あいつは違う! あいつは絶対に強くなって凄い奴になる!」
ワルサーは跳ね起きて剣を手に突っ込んだ。
「ぐらっどげえぇぇ!」
思いきり走り全力の一撃を放つ。それは冒険者をやって来た中で一番最高の攻撃だったに違いない。だが、無情にも顔面を掴まれ止められる。
凄い力で顔を握られ頭が破裂しそうなほどだ。
暴れようがどうしようが逃れられない。ふわりとした浮遊感は上に投げられたからだ。空中で回転しながらワルサーは見た。アルバランは上を見ながら身を屈めており、その頭部にある鋭い角が待ち構えているのを。
為す術もなくワルサーの身体が貫かれた。
「げっ、がっ!」
目の前にはアルデバランの顔、獲物の血を浴び勝利と虐殺の余韻に浸っている。ワルサーに血を吐かせようと頭を揺らし玩び――。
「ひっ、ひひっひぃ。ばっ、ばーか……」
ワルサーは口から血を撒き散らして笑い、腰の後ろから短剣を抜き放つ。最期の力を振り絞り、全身全霊でアルバランの目に突き立てた。轟く咆吼。腕と足を掴まれたワルサーの身体は力任せに引き千切られた。
外套を身に纏ったケイレブは鋭い目で山道を進んでいる。中級冒険者として名を馳せ、上級への声も聞こえてきた頃合いだ。
ケイレブは一つの依頼を受けていた。
それはモンスターの駆除だったが、モンスターの名前と場所を聞いて即座に引き受けた。中級殺しと名高いそのモンスターに一人で挑むのは無謀と止められたが、しかしケイレブは構わず来た。
「…………」
ケイレブは覚えていた。
絶対に忘れないと、覚えていると約束した通りに覚えていた。あの日あの時三人の勇気ある冒険者が、たった一人の子供を守るため強大なモンスターへと挑んだ姿を。
「ここか、間違いないな」
見覚えのある景色だった。
鬱蒼とした森、少し開けた先に崖があって下には川の流れがある。
「あの時は、もっと高さがあると思ったのだがね。なあ、そうじゃないかい?」
ケイレブがゆっくりと振り向くと、そこにはアルバランが居た。全身を短い獣毛に覆われ一対の角を持つのだが、その目は片方が潰れている。
「ふむ? お前、あの時の奴だな。そうだろう。いやぁ嬉しいね」
呟くケイレブはゆっくりと剣を抜いた。
「なにせ仲間の復讐になるのだから」
突っ込んでくるアルバランの攻撃を軽い動きで回避する。同時に剣を振るえば、そのモンスターの腕が宙を舞う。
「どうした? その程度かい?」
言葉は通じないのだろうが、嘲笑うような雰囲気だけは伝わったらしい。アルバランが激しい咆吼をあげ猛った。
あの時、川を流されたケイレブは下流で旅商人の一団に拾われた。そして仲間の危機を訴えたが直ぐにはどうにもならず、翌日になって派遣された上級冒険者たちは引き裂かれ命を落とした下級冒険者たちの姿を見つけたに終わった。
「ようやく、お前に届くようになった。いつか必ずと、鍛え続けてきた」
呟きながらケイレブが動き回り、アルバランの攻撃を回避。逆に一撃を決めていった。形勢不利と悟ったアルバランが逃げようとするが、もちろん逃がさない。
「僕らのクエストは達成だよ」
鋭い一撃がアルバランの胴体を斬り裂く。長い時間をかけ、ついに仲間とのクエストを達成したのだ。
ケイレブはしばし瞑目すると、その場を立ち去った。