第12話お読みいただきありがとうございます。
今回のテーマはあまりにも重すぎて、執筆には大変悩みました。
「介護と尊厳」という題材は、誰にとっても身近でありながら、簡単に答えが出ない問題だからです。
それでも物語として描かねばならないと思い、第12話を執筆しました。
第12話「介護と尊厳、心の重さ」を振り返って
今回のテーマは、延命医療と契約の限界でした。
法廷では「契約の正当性」と「本人の尊厳を守るべきだ」という二つの正義が正面衝突しました。
⚖️ 契約の正当性(原告側の論理)
原告側は「契約に基づく費用請求」を主張しました。
民法第415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができる。
介護契約の本旨に基づき、家族の同意で行われた延命措置は適法な履行であり、追加費用は当然に支払われるべき――というのが原告の立場です。
また、介護契約は 準委任契約 の性質を持ち、本人に代わり家族が同意した行為は有効と解されます。
東京高裁平成22年判決でも同趣旨の判断があり、契約論理は強固です。
⚖️ 尊厳と公序良俗(被告側の論理)
一方で被告側は「本人意思の尊重」を強調しました。
民法第90条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
母が「延命を望まない」と繰り返し意思表示していたのに、施設が延命処置を行い、費用を請求するのは公序良俗違反で無効――という立場です。
最高裁平成7年判決も「患者本人の意思の尊重は医療行為の前提」と判示しており、被告の主張には確かな根拠があります。
🤔 錯誤の可能性
被告の「延命を望む」という同意は、動転の中で出たものでした。
民法第95条(錯誤)
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、この限りでない。
「本人意思と表示が食い違った」ため錯誤にあたる可能性があります。
ただし医療現場の実務では――
家族代理の同意を重視する傾向が強い。
「動転していた」という心理状態の立証は困難。
であるため、錯誤無効が認められるハードルは極めて高いのが現実です。
🏥 医療現場の実態
ここで重要なのは、現場が常に「時間との戦い」にあることです。
急変時、数分の遅れが命取りになる。
本人の意思を確認する余裕がなく、家族の同意が頼みの綱になる。
現場の介護士や看護師は「何もしないで死なせてしまう」ことを強く恐れる。
そのため、どうしても「延命に傾きやすい」構造があります。
これは医療者が「患者を救いたい」という気持ちに根ざす一方で、
「後から訴えられるリスク」を避けたいという現実的な要因も大きいのです。
裁判で争われるとき、こうした現場の切迫感は往々にして“事後的な評価”の中で見落とされがちです。
しかし今回の12話では、柳田代表や介護士の苦悩を通して、その重みを描こうとしました。
✍️ 裁判所の重み
この事件の本質は――
契約と条文に裏づけられた正しさ
人間の尊厳を守る正しさ
の衝突にあります。
どちらを選んでも誰かが傷つく。
判事が「正義の天秤」をどう傾けるかは、冷静な論理以上に、人間としての責任が問われる瞬間です。
🍮 本編の余韻
法子判事のつぶやき――
「正義も契約も、命の前では砂糖みたいに溶ける」
それに対する菊乃の返答――
「尊厳は……プリンの甘さに例えることなど、できませんわ!」
ここに、本作の特徴 シリアスとユーモアの同居 を込めました。
重いテーマを描きつつも、キャラクターの掛け合いが“救い”になる。
これが「法廷にはコーヒーとプリンを」の味です。
✅ まとめ
契約の有効性:民法415条に基づき費用請求は成立。
尊厳の保護:民法90条に基づき、本人の意思に反する延命は無効の可能性。
錯誤の余地:民法95条に基づき争えるが、実務上は立証困難。
医療現場は常に切迫し、「延命に傾きやすい」構造を抱える。
裁判所は「正義と正義の狭間」で選択を迫られる。
これらを、総合的に勘案して、第13話の司 法子判事が出す結論に注目してください。