第10話お読みいただきありがとうございます
第10話では、菊乃が法廷で思わず声を上げる場面がありました。
しかし現実の裁判所で、書記官が当事者のように意見を述べることはありません。
裁判における書記官の立場とは?
書記官の職務は大きく分けて二つ。
ひとつは「法廷事務」、もうひとつは「記録管理」です。
•法廷事務:開廷・閉廷の宣言、証人への宣誓告知、進行補助。
•記録管理:訴訟記録の整理・保存、判決作成の補助。
期日調整や当事者との連絡も含め、裁判を円滑に進めるために不可欠な存在。
正確な記録がなければ判決は法的効力を持ちません。
その意味で、書記官は「記録の番人」と呼ばれることもあります。
なぜ声をあげないのか?
書記官は中立性の象徴です。
意見を口にすれば、記録の信用が揺らぎ、裁判の正統性そのものが危うくなります。
だからこそ「発言しない」という規律は極めて厳格に守られています。
もし現実に第10話のような行動があれば、懲戒や配置転換といった処分が科される可能性さえあります。
フィクションとしての『法廷にはコーヒーとプリンを』
本作では、あえて現実とは異なる描写を取り入れています。
•開廷や閉廷を裁判官が宣言するのは演出上の工夫。
•第10話で菊乃が声を上げたのも、フィクションならではの展開です。
規律を破ってでも叫ぶことで、制度と人間性の衝突を鮮烈に描きました。
菊乃は「東條家の娘」と「裁判所主任書記官」という二重の立場を背負っています。
加害者側の血と、中立を求められる職務。
その狭間で押し潰されそうになっていた彼女にとって、「制度的には、はい」という言葉は限界を超える引き金となったのです。
菊乃の内面と葛藤
菊乃は本来、規律を何よりも重んじる人物です。
日常でも「それは規則に反しておりますわ!」ときっぱり言い切るように、彼女の正義感は規律と秩序に根ざしています。
だからこそ“規律を破ること”は、彼女にとって最大の自己否定であり、耐えがたい行為でもありました。
•東條家の娘としての自責――「わたくしの家が、人を追い詰めている」
•書記官としての義務――「規律を守り、中立でいなければ」
•一人の人間としての良心――「目の前の痛みを、黙って見過ごせない」
その三重の葛藤が、彼女の胸をずっと締め付けていました。
規律を守ることが正義であるはずなのに、規律に従うことがかえって弱者を犠牲にしてしまう。
その矛盾が、菊乃を最も苦しめました。
だからこそ彼女の叫びは、規律を軽んじたものではありません。
むしろ 「規律を守り続けてきたからこそ、それを破らざるを得なかった」 という逆説的な強さを表しています。
読者への問いと答え
•制度に従うことは本当に正しいのか?
•中立を守ることと、人の痛みに声をあげることは両立できるのか?
•もし現実に書記官が発言したら、裁判はどうなるのか?
現実の答え――
書記官が発言すれば規律違反。裁判の公平性は失われ、裁判は成り立ちません。
物語の答え――
「誰かが声をあげなければ、人の痛みは制度に埋もれてしまう」。
菊乃は、規律を重んじてきたからこそ抱いた強烈な正義感と、人としての良心の板挟みの中で、ついに声を発することを選びました。
その瞬間、彼女は書記官ではなく一人の人間として立ち上がったのです。
まとめ
第10話は、司法制度と人の声が真正面からぶつかる物語です。
制度の正しさと人の痛みのどちらを選ぶか――菊乃は規律を破ることで、逆説的に“規律を守る正義感の強さ”を証明しました。
現実の書記官ならあり得ない行為。
けれどフィクションだからこそ、その叫びは意味を持ちます。
ぜひ「現実の制度」と「物語の菊乃」を重ねながら、彼女の葛藤と正義感を受け取っていただければ幸いです。