ある日、芥川龍之介は深い思索にふけっていた。文学のこと、世の中の不条理なこと、そして自分自身の内面で渦巻く不安や葛藤。その心の隙間に、突然、龍の姿が浮かび上がった。まるで何かに呼ばれたかのように、その姿が脳裏に現れ、龍の力強さ、自由、そして壮大な存在感が彼を圧倒した。
「もし、俺が龍になれたら、どうなるだろう?」と彼はぼんやりと考える。
その瞬間、体に奇妙な感覚が広がり、目を開けると、周囲が一変していた。彼はすでに、自分の体が龍のものになっていることに気づいた。大きな鱗に覆われ、長くうねる尾が地面に触れている。翼を広げ、広大な空を自在に舞うことができるようになったのだ。
しかし、その新たな姿には恐ろしさもあった。芥川はもともと人間だった。知恵を持ち、言葉を操り、感情を表現することができた。しかし龍になった今、彼の意識は次第に古代の存在のような冷徹なものに変わり始め、感情の起伏が次第に薄れていった。彼は、空の上で誰にも触れられず、ただ孤独に舞い続ける自分を見つめるのだった。
龍となった芥川は、かつて彼が感じた作家としての孤独、社会に対する不安、そして自分自身の存在の無意味さを、龍の視点から改めて感じ取ることになる。どんなに広大な世界でも、どれだけ自由に飛び回っても、その自由の中で満たされることはなく、彼の心は依然として空虚だった。
ある日、天空の彼方で光り輝く町が見えた。そこには、かつて彼が愛した人々の姿が浮かび上がっていた。その町に降り立つことができるのか、それともただ見守るだけで終わるのか。龍の力を持ちながら、芥川はその選択に苦しんでいた。
「何を求めているのか、私は?」と、龍の形になった彼はつぶやいた。その言葉は、かつて彼が人間だったころと変わらぬ問いであり、答えが見つからないままであった。
空に消えた彼の姿は、次第に霧となり、どこか遠くへと消えていった。龍になっても、彼の内面にあった問いは解決されることはなかったのだ。
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この話は、芥川龍之介の深い哲学的な疑問や孤独感を反映し、彼が龍としての姿を通して感じる自己の空虚さを描いたものです。龍という強大な存在でありながら、彼の心は依然として満たされることがないというテーマを探求しています。