小説領域

青村司

小説領域

 ある日のことである。


 友人と映画を観に繁華街に来た。

 上映まで時間がある。仕方ないので、カフェに入って待とうかという話になった。


「なんか、あそこ並んでいるな。なんか旨いんじゃないか」


 友人がそう言って、カフェと、その前の行列を指差す。

 まあ時間があるから良いかと、並んだのが失敗だった。


 酷く待たされた。

 開店が30分後だったのだ。

 でもまあ、並んでしまったからには仕方ない。スマホで小説でも読んで過ごそう。

 そう思いなおし、投稿型の小説サイトのアプリを開く。

 私はそのサイトの読者でもあり、たまに自分の書いた小説も投稿していた。

 全く読まれていないが。

 お気に入りのチェックをつけている小説の幾つかが更新されている。読まなければ。


 と、ふと気付いた。

 Wi-Fiが接続されている。設定を見ると、知らないネットワークだ。

 以前、接続した設定が残っていたのか。

 ちょっと気持が悪くなる。


 切断しようか迷っていると、通知設定が来た。

 小説サイトの、アプリからの通知だった。


 見ると、大量の高評価がついていた。


 だが、なんだ。

 こんなタイトル、知らない。


 自分の設定ページを開く。

 そこには、いつの間にか知らないタイトルの小説が投稿されていた。


 読んでみる。

 面白い。


 ちょっと抜けているが憎めない主人公。

 そんな主人公に反発しつつも惹かれる、しっかり者のヒロイン。

 そこに登場するライバルたち。王道的でありながら、敵も味方もそれぞれが深いバックグラウンドがあり、魅力を深堀りしている。

 続く意外な展開。


 なんだこれ。

 どうなってるんだ。


 戸惑っているうちに、高評価マークがどんどん増えていってる。

 宣伝もしていないのに?

 自分をフォローしてくれている人なんて数人で、そこから拡散したとしてもたかが知れている。


「おい。店、空いたぜ」


 友人の声で、我に帰る。

 怪訝そうな友人に、曖昧に微笑んで見せて、あとに続いた。




 喫茶店で何かを食べたかも、その後に見た映画の内容も頭に入ってこなかった。

 友人には、トイレと言い訳して、何度も上映中に外にシアターの外に出ては、アプリをチェックした。


 投稿は30分毎にされているようだった。

 話はどんどん面白くなってくる。

 評価も、応援のコメントもほとんど分単位でついていた。


 更新が止まったのは、友人と別れた帰りの電車の中だった。

 30分以上経ったのに更新がない。アプリを凝視し続けていたので、すぐ気付いた。

 だが、評価やコメントの増加は続いていた。



 ----------------------------



 翌日来た通知に、思わず声を上げてしまった。

 自宅の自室。平日だが、リモート勤務の恩恵である。

 オフィス勤務じゃなくて良かった。周囲に奇異の目で見られるところだった。


 作業中も気になって、何度もアプリを起動していた。

 更新はない。だけど評価はやはり増え続ける。

 気持悪いというより、不安になっていた。


「次の話、楽しみにしています」


 そんなコメントを見る度に、胃のあたりが重くなる。


 そして来た通知。

 ライトノベルを刊行している、ある出版社の編集部からだった。

 書籍化の打診だった。


 早すぎるだろ。


 今どき、こんな非現実的で都合の良い展開、小説にだって出来やしない。

 だけど、実際に連絡が来た。来てしまった。


 実は少し、予想というか期待はしていた。

 これだけの人気なのだ。評価数は四桁を超えている。一晩でだ。しかも衰える気配もない。

 だが、打診の後半の文面を見て、また胃が重くなった。


『文庫化するには文字数が足りない。続きを執筆して頂きたい』


 今公開されている分が9万文字。よくある小説の賞では10万文字以上が基本のようだから、たしかに足りない。

 だが、更新は止まっている。


 どうする。

 どうする。


 私は、チャットツールで上司に連絡した。体調不良で午後は休みたいと。

 幸い急ぎの業務はない。

 それからパソコンを閉じた。今まで使っていたのは、会社から支給されていた業務用パソコンだ。


 そして、プライベートのタブレットパソコンを開く。

 投稿された小説を読み直す。

 面白い、とばかり言ってられない。登場人物たちの相関図を書き出していく。


 よし。


 私だって、この投稿サイトに何度も小説を出している。ランキングなど載ったこともないけれど、数人ながら面白いとコメントをくれた人もいる。

 書ける。

 書けるはずだ。

 私のアカウントなのだ。このまま私が続きを書いても悪いことなどない。

 まずはプロットだ。


 私は、キーボードを叩き始めた。





 惨敗だった。

 全身を切り刻まれたような気分だった。

 閲覧数は多い。最新話とほぼ同じだった。

 だけど、高評価数が、それまでと比べて極端に低かった。

 数字は残酷だ。

 これでもかというまでに現実を突き付けてくる。

 応援コメントも「面白い」という言葉は全くない。

 応援コメント数自体が少なくて、あっても「次の展開期待しています」と遠回しに面白くなくなったと分かる文面だった。


 そして時折、上がるコメント。


「急に面白くなくなった」

「アカウント乗っ取られたか?」


 それらのネガティブなコメントは運営サイドですぐに消されてしまうが、アプリを凝視しているので消える一瞬の間に見えてしまう。


 違う。逆だ。

 私のアカウントで、誰かが小説を書いているんだ。


 いっそこの小説を消してしまおうかとも思った。

 だけど、この評価数や閲覧数。

 今まで自分が書いてきた作品全ての評価数、閲覧数を合わせても、その2桁3桁大きい。


 情けない話だが。

 本当に、情けない話だが消すのが惜しかった。



 ----------------------------



 翌日、編集部から連絡が来た。

 私の様子を心配する風な前振りがあったが、最新作、つまり私自身が書いた小説の評判が悪いことに慌てたらしい。

 一晩経って、読み返してみた。


 確かに、直近の小説に比べたら面白くないかもしれない。

 自信をもって投稿したつもりがネット上からの評価を受けて、その自信も風船に針を刺したみたいに萎んでしまった。

 キーボードに触るのすら、恐ろしさを感じていた。


 どうしてだ。

 どうして、続きを投稿してくれない。

 投稿があった時と、今は何の違いがあるのか。


 投稿があった時間とない時間。

 投稿があった場所とない場所。


 投稿は、いつ、どこであった?


 場所は────繁華街。

 いつ────映画を見に行き、その前の。


 Wi-Fi


 あのWi-Fiが接続されてからだ。

 私は、家を飛び出した。




 駅へ向かい電車に乗り、繁華街へ着いた。

 スマホの設定を見る。


 あのWi-Fiだ。設定した覚えのない、あのWi-Fiが繋がっていた。

 アプリを見る。

 小説が、更新されていた。

 閲覧数と、高評価の数が目に見えて上がっていく。


 安堵した。

 だが、次に不安に襲われた。


 この先、どうすればいい?

 これは私のアカウントで、だけど私には書けない作品だ。


 こんなものを抱えて、私はどうしていけばいいんだ。


 これから、私は。

 私は────。



─── 了 ───






「小説領域」を最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

よろしければ、こちらの小説もご覧頂ければと思います。


「その旅びとは謎が多い」

https://kakuyomu.jp/works/16818093074826293729/episodes/16818093075225842135

大森林を旅する青年と精霊に愛された少女の物語。その先々で起こる事件、出会いと別れ。各話毎に緩い繋がりのある連作短編集です。

読んで頂ければ幸いです。


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小説領域 青村司 @mytad

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