12月の贈り物

さかたいった

メリークリスマス

 ぐんと冷え込んだ師走の日暮れ。

 空は厚い雲に覆われて。

 冷たい北風が吹きつける。

 それでもいつもよりちょっとだけ、賑やかな街。

 商店街の一角に設けられたスペースに、白い布が被せられた台があった。

 一人の人間がやってきて、そこに四角い箱を置いた。重みのある、甘さの詰まった箱。

 台の上には立札があった。そこにはこう書かれている。


『ここに置かれているものは、誰でもご自由にお持ちください。

 ただし、あなたが持っている物と物々交換です。

 あなたが考えたものであれば、なにと交換したっていい。

 それを必要とする誰かがきっと現れるはず。

 想いが繋がっていきますように。

 メリークリスマス』



🎄🎄🎄



 あやは、一緒に遊んでいた高校のクラスの友達たちと別れ、帰路に就いていた。

 イルミネーションが施された駅前は煌びやかだ。いつかロマンチックな夜だって過ごしてみたい、夢見る少女。

 では弟や妹たちが待っているだろう。部屋の飾りつけは上手にできただろうか?

 身寄りのない子供たちの集う場所へ、彩は向かう。

 アーケードの商店街を歩いていると、彩はふと妙なものを見つけた。シャッターの閉まった店の前に台が設置され、文字の書かれた立札がある。近くには誰もいない。彩はそちらに近づいていった。

 台の上には三十センチぐらいの四角い箱が置かれていた。立札にはこう書かれている。


『ここに置かれているものは、誰でもご自由にお持ちください。

 ただし、あなたが持っている物と物々交換です。

 あなたが考えたものであれば、なにと交換したっていい。

 それを必要とする誰かがきっと現れるはず。

 想いが繋がっていきますように。

 メリークリスマス』


 物々交換? この箱を持っていってもいいということだろうか? 箱の中身は何だろう?

 彩は箱の側面の留めを外して中を覗いてみた。

 そして彩は驚いた。箱の中身はケーキだった。この近くにある有名な洋菓子店のクリスマスケーキだ。ちゃんとロゴも入っているし、品質の表示シールなども貼ってある。本物だ。

 こんな豪勢なケーキ、彩は一度も食べたことがない。それは家にいる弟と妹たちも同じだろう。

 誰がこんなことをしたんだろう? 店員さんが持ってきたのか? それともケーキを買った誰かだろうか?

 ケーキを見て喜ぶ弟と妹たちの顔が浮かぶ。

 本当に持っていってもいいのだろうか?

 だけどそのためには、物々交換しなければならない。なにと交換してもいいと言うけれど……。

 迷った末に、彩はつけていた手袋を外した。二つ重ねてケーキの代わりに台の上に置く。

 そのまま去ろうとした彩だが、やはり後ろめたい気持ちになって、台のところに引き返した。

 鞄からルーズリーフを取り出して一枚千切った。そこにメッセージを書き込んでその場に残した。



❄️❄️❄️



 小学二年生の優太ゆうたは、家に一人でいた。リビングのコタツに入りながら、飛行機のプラモデルを作っていた。

 優太は模型作りが好きだった。自室には多くの乗り物の模型が飾られている。

 模型作りに集中していると、唐突に優太のお腹が鳴った。壁にかかった時計を見上げると、夜の七時を過ぎていた。

 母は今日も夜まで仕事だ。朝は優太より早く起き、朝食を作り、帰りが遅くなる時は夕飯の作り置きまでして仕事に出かける。父はこの家にはいなかった。この世界のどこかにはいるらしいけれど、優太は会ったことがない。優太は母と二人で暮らしている。

 今日の夕食はピザだった。優太の役目は冷めたピザを電子レンジに入れて温めることだけだった。

 ピザを温め終えてテーブルに運ぼうとした時、優太はふいに足を滑らせた。

「あっ」

 前のめりに転んだ優太の目に、皿から離れて宙を舞うピザが見えた。ピザは空中で半回転して逆さになり、その状態でフローリングの床に落下した。具材やソースが打ちつけられたペンキのように飛び散った。

 見るも無残な有様となった今日の夕食を、優太は黙って見つめていた。



 ピザが辿ることになった惨状から時間をかけてどうにか立ち直った優太は、外にいた。お小遣いを使ってパン屋さんでパンを買おうと思ったのだ。母と一緒によく行くパン屋さんなので、買い方は知っている。挟むやつでパンを取ってお盆に載せてレジまで持っていけばいいのだ。

 優太がパン屋さんに向けて商店街を歩いていると、文字の書かれた立札を見つけた。


『ここに置かれているものは、誰でもご自由に……』


 立札のある白い布の被せられた台の上に、赤い手袋が置かれている。この手袋と何かを交換してもいいということだろうか?

 手袋から連想されて、優太の脳裏に母の手が思い浮かんだ。食器を洗う、母の荒れた手の甲。手を擦り合わせながら寒そうに玄関から出ていく母の姿。

 自分のことを顧みる暇もないほどに忙しい母。

 今日はクリスマスだ。この手袋をプレゼントしたら、母は喜んでくれるだろうか?

 優太は手袋の傍に紙が置かれてそこに何かが書かれていることに気づいた。


『心まで温まる魔法の手袋

 メリークリスマス』


 優太は急いで家に引き返した。交換するものはもう決めている。



⛄️⛄️⛄️



 早苗さなえは喫茶店から出て、冷え込んだ外の空気の中へ出た。この老体には堪える寒さだった。

 今日はクリスマス。ケーキでも買って帰ろうか? だけど一人ではどうせ食べ切れない。それにあの人ほど甘党ではなかった。

 商店街を歩く早苗は、そこで意外なものを目に留めた。

 飛行機の模型だった。白い布の敷かれた台の上に置かれている。

 懐かしい。他界した夫は、いつも黙々と模型を作っていた。

 こんなもの、とずっと思っていたけれど、早苗はその模型を見て夫との記憶が蘇った。模型を作っている少年のように無邪気な夫の顔が、実は好きだった。

 模型の傍にルーズリーフが一枚置かれ、そこにこう書かれていた。


『心まで温まる魔法の手袋

 メリークリスマス

 どこまでもとんでいけるゆめのひこうき

 メリークリスマス』


 早苗はさらに立札に書かれた文言を読んだ。


『ここに置かれているものは、誰でもご自由に……』


 どうやらここで物々交換が行われているらしい。異なる人間が残したメッセージから察するに、この飛行機の模型の前には手袋があったようだ。

 それなら自分も物を残さなければならない。

 早苗は自分の薬指から金属の輪っかを外した。



🌨️🌨️🌨️



 慎一しんいちは煌びやかな街中を歩いていた。

 慎一は売れないミュージシャンだ。彼の上がるステージは、未だに路上。

 彼には生活を支えてくれている恋人がいる。彼の一番の理解者であり、あなたの歌が好きと言ってくれる一番のファン。そんな彼女に、慎一は何一つ恩返しをしてあげられていない。そんな自分が歯がゆかった。

 聖なる夜。せめて今日ぐらいは、彼女を幸せにしてあげられないだろうか? 慎一はギターケースを背負い、浮かれた街を歩く。

 商店街の一角に、妙なものを見つけた。誰もいない場所に台が置かれ、立札がある。どうやらここで物々交換が行われているらしい。ずいぶんな物好きがいるものだ。

 遠目からは気づかなかったが、台の上に小さな物が置かれていた。

 ダイヤモンドだろうか? とても高価そうな宝石のあしらわれた指輪だ。バイト三昧の路上ミュージシャンでは到底手を出せないような代物。まさかこんなものが黙って置かれているなんて。

 立札の説明によれば、自分はこの指輪を持っていってもよいということになる。しかしこれと交換できるようなものなど持ち合わせていない。

 慎一は指輪の近くに置かれたメッセージを読んだ。


『心まで温まる魔法の手袋

 メリークリスマス

 どこまでもとんでいけるゆめのひこうき

 メリークリスマス

 大切な人との誓いを

 メリークリスマス』


 慎一は一つだけ、思い浮かんだ。今の自分にできることは、それしかない。

 慎一は背負っていたギターケースを路肩に置き、アコースティックギターを取り出した。冷たい地面に座り、ギターを構える。

 すーっと息を吸いこんだ。


〝白い息吐き

  手を擦り合わせる

   あなたの背中を見送った

 いつになったら

  幸せになれる?

   ぼくらに春は来ない〟



❄️🎸❄️



〝イルミネーション

   光らせて

浮かれた街だ

   なんて能天気


 ふと見上げれば粉雪〟


 彩はに着いた。さして広くもない共同部屋。ドアや壁にこの時期だけのささやかな装飾が施されている。入口の近くにはこじんまりとしたクリマスツリーが設置されていた。

「彩姉!」

「彩姉!」

 彩が帰ってきたことに気づいた弟妹たちが一斉に駆け寄ってきた。

「たっだいまー!」

 彩はこの小さな施設の住人の中で一番の年長者だった。まだ小さな弟妹たちは、「彩姉」と呼んで彼女を慕っていた。

 彩はボロボロのソファに囲まれたテーブルのほうへ進み、そこにドンと箱を置いた。

「え、なあにこれ?」

「なんだなんだ?」

 弟妹たちが口々に疑問を述べる。

「ジャジャーン!」

 彩は箱からクリームたっぷりのホールケーキをさっと取り出した。

「おおっ!」

「ケーキだ!」

「さあみんなで食べるよ。お皿とフォーク持ってきて! 早く!」

 家の中が一気に活気づいた。ケーキを見てみな目を光らせている。

 人数分取り分け、みんなで輪になって食べた。

 様々な事情で親と暮らせない子供たち。

 特別な夜に食べたケーキは、幸せの味がした。


〝寒空の下

   ぼくら輪になって

 見つけたんだ

   輝く花を

 風にも負けず

   咲き誇れ

 どうか花びら

   散らさないで

     そのままでいて〟



❄️🍰❄️



〝いつまで経っても

  無垢でいられたら

   幾分楽なんだろうか?

 世知辛いと

  言い続けたって

   なんにも手に入りゃしない〟


 優太の母は、夜遅くに仕事から家に帰った。

 今日も働き詰めだった。クリスマスだからといって現実は見逃してはくれない。

 優太はもう寝ているだろう。こっそり枕元にプレゼントを置いてこなければ。きっと優太は本当のサンタさんなんていないとわかっているだろうけど。

 スーパーで買ってきた今日の夕飯である割引された惣菜を片づけようとすると、リビングのテーブルの上に置かれているものに気づいた。

 赤い手袋だ。優太が置いたのだろうか? しかし見覚えがない。

 手袋の傍にメモが残されていた。優太のもののようだ。


『お母さんいつもありがとう。

 心まであたたまるまほうの手ぶくろ。

 メリークリスマス』


 しばらくそのメッセージをじっと見つめた。

 それからおもむろに手袋を両手にはめてみた。

 じわっと温かさが広がっていく。

 本当だ。本当に魔法の手袋。

 これまでの行い、苦労が全て報われていく気がした。いろんな感情が込み上げてくる。

 目から涙がこぼれ、赤い手袋に小さな染みを作った。


〝そりゃ希望ゆめだって

   見るよ憧れるよ

 誰だって

   楽して生きたい


 いいじゃんこの日ぐらいは踊っても〟



⛄️🤚⛄️



〝積もった雪に

   できた足跡

 追いかけて

   きみを想う

 振り向いた

   きみの顔が

 どうか笑顔で

   ありますように〟


 早苗は自宅の部屋の窓際に飛行機の模型を置いて、ぼんやりと眺めていた。

 先にこの世を去った夫の姿を連想する。

 寡黙で、でもたまに笑った時の朗らかな笑顔が好きで。

 模型ばかり作っていないで、もっとこっちも見てほしかった。なんて、彼の前ではそんなこと口にできないけど。

 今こうして自分の人生に満足しているのは、きっといつも隣に彼がいたからだ。彼が一緒に寄り添って歩いてきてくれたからだろう。

 早苗は飛行機の模型に向けて乾杯した。

 窓からちらほらと降り始めた雪が見えた。


〝降り続ける

   雪の中

 手探りで

   もう届かない

 きみを求め

   手を伸ばす〟


〝夢の中でもし出逢えたなら〟



🌨️🛩️🌨️



〝たくさんたくさん

   話をしよう

 きみの好きなもの

   好きな場所も

 その手を握れば

   ほら不思議

 勇気が湧いて〟


 慎一は、噴水のある駅前の広場にいた。

 雪の降る中、目の前の女性に向けて跪いた。

 こんな自分を支えてくれる、大切な人。

 想いを言葉に変える。

 彼女に小さな箱を捧げ、蓋を開けた。

 雪が二人を祝福してくれているようだった。


〝聖なる夜に

   繋がっていく

 とても素敵な

   贈り物だ

 運命に

   見捨てられても

 笑い飛ばせ

   この心までは

 奪わせない

   奪わせやしない〟



❄️❄️❄️



『ここに置かれているものは、誰でもご自由にお持ちください。

 ただし、あなたが持っている物と物々交換です。

 あなたが考えたものであれば、なにと交換したっていい。

 それを必要とする誰かがきっと現れるはず。

 想いが繋がっていきますように。

 メリークリスマス』


『心まで温まる魔法の手袋

 メリークリスマス

 どこまでもとんでいけるゆめのひこうき

 メリークリスマス

 大切な人との誓いを

 メリークリスマス

 聖なる夜に祝福を

 メリークリスマス』



❄️🎄❄️

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12月の贈り物 さかたいった @chocoblack

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