【06】

翌日僕は有給休暇を取って、『グッドラック・マッチング・コンサルティング株式会社』に駆け込んだ。

事前に五右衛門太郎神酒乃介(ごえもんたろうみきのすけ)にも連絡していたので、五右衛門太郎菊(ごえもんたろうきく)と共に、僕を待ち受けている。


僕は2人に、陳黄砂(チェンファンシャ)と葛野騙(くずのかたり)に誑かされた経緯を、怒りと共にぶちまけた。

そして会社の責任を追及する。


「ここで紹介された人間に、酷い目に会わされたんですよ。責任取って下さい」

僕の言葉に、菊はきょとんとした表情を向ける。

「どのような責任でしょうか?」


「どのようなって。僕はここで紹介された人のせいで、全財産を失くしたんです。責任取って賠償して下さいよ」

その時菊は、背筋を伸ばして、居住いを正した。

そうすると、大きな体から半端ない圧力が押し寄せてくる。


「よろしいですか、オキタ様。弊社のサービスをご利用いただき際にお示しした規約を思い出して下さい。第36条に明確にこう記載されております」

そう言いながら、菊は僕をまっすぐに見据えた。


「弊社のご提供した情報に誤りがあった結果、被害を被った場合には、すべての損害を賠償させていただきます。しかしながら誤りがなかった場合には、弊社にはいかなる責任も発生しません」

そこで言葉を切った菊は、改めて厳かに宣言した。


「今回のケースでは、弊社が陳黄砂(チェンファンシャ)様と葛野騙(くずのかたり)様のお二方から聴取した内容に誤りがあったとは言えません。何故ならば、弊社では登録の際に、運転免許証などの個人を特定できる記録を持って登録を行っているからです。従って、お二方をオキタ様にご紹介した後に起こったことの責任は、オキタ様ご自身に負っていただかなくてはなりません」


「それじゃあ、僕が払った手数料400万円は返してもらえるんでしょうね」

しかし僕のクレームに、菊はすぐさま反論した。

「オキタ様は、お二方と交際を始めることが出来なかったのでしょうか?」


「いや、始めていないというか、何というか」

「お食事とかデートかをされていないということでしょうか」

僕が言葉を濁すと、菊が畳みかける。


「いや、一応デートは何回かしましたけど…」

「それでは契約通りのサービスはご提供できたかと存じますが」

そう言われると、ぐうの音も出ない。


その時、僕が菊からの圧に押されているのを見かねたのか、横から神酒乃介が口を挟んだ。

「まあ従姉さん。そう言ってしまうと、オキタ様があまりに気の毒です。ところでオキタ様。オキタ様をペテンにかけた2人の消息はお分かりですか?」


「それが分かっていたら、こんな所に来ませんよ」

僕は憤然と言い返した。


「実はオキタ様からご連絡をいただいた後、専門の者に調査をさせております。結果をお知りになりたいですか?」

勿論だ。僕は強く頷く。


すると事務所の奥にいた男が、僕に近づいて来て、名刺を差し出した。

「オキタ様。私、『グッドラック探偵社』の五右衛門太郎虎(ごえもんたろうとら)と申します。お見知りおきを」


「虎さんですか。ご親戚で」

「私の弟でございます」

すかさず菊が応えた。


虎は僕の隣に腰かけると、何かの書類をテーブルに広げる。

「従兄の神酒乃介から依頼を受けまして、私の方で、陳黄砂と葛野騙の調査を行いました。これがその結果です。本来ですと、調査費用を頂戴するところですが、今回は姉の会社のサービスの過程で、多大な損失を被られたということで、特別に無料とさせていただけます」


――そんなもん払えるか!

虎が恩着せがましく言うので、僕は心の中で叫んだ。


「まず陳黄砂ですが、中国の企業に所属する腕利きの産業スパイでした」

「産業スパイ!?」


「そうです。社員に近づいて企業秘密を盗み出すプロでして、パソコンから情報を引き出すなど、お茶の子さいさい」

「お茶の子さいさい」

そうか。やっぱりあの時僕が風呂に入っている隙に、パソコンから情報を盗んだんだ。


「しかもこの陳黄砂ですが、性別は男だということが判明しました」

「男おお!いや、どう見てもスレンダーチャイナビューティーでしょ」


「私は実物を拝んでいませんが、変装の名人らしく、スレンダーチャイナビューティーに化けるなど、お茶の子さいさい」

「お茶の子さいさい」

僕は虚しく虎の言葉を繰り返す。


「でも、身分証明書には女と書かれていたんじゃ」

気を取り直して僕は主張したが、それも無駄だった。


「プロにかかれば、身分証明書の偽造など、お茶の子さいさい」

もう繰り返す気にもならない。


「そして誠に残念ですが、陳は既に国外に逃亡しておりました」

「はあ、そうですか」


僕の落胆した様子に、3人は一斉に同情の目を向ける。

その目を見て、僕は益々腹が立ってきた。


「次に葛野騙ですが、こちらは歴とした日本人です」

はい、それで。


「ただ、札付きの結婚詐欺師でして。これまで騙した男が33人」

僕が33番目の愚か者なのね。


「これまで一度もぼろを出したことがなく、警察も手を出せない様子で。騙された方は、いずれも一銭も取り返せないまま、泣き寝入りしているとのことです。今回も、詐欺の立証は困難を極めるかと」

それを聞いて、僕は大きなため息をついた。


その様子を見かねたのか、神酒乃介が口を挟んだ。

「虎君。その葛野という女は、今どこにいるんだい?」

「どうやらハワイで豪遊中とか」


何てことだ。

僕の全財産を使ってハワイだとお。

僕もまだ行ったことがないわ。


「オキタ様。今回の件は、もはや取り返しがつかないかと」

神酒乃介が、さも同情した素振りで言ったが、僕にはまったく響かない。


しかし神酒乃介は、無言の僕にめげることなく言葉を続けた。

「今回のことは非常に残念な結果となってしまいましたが、オキタ様。ご安心下さい」

何を。


「私共の系列に、『グッドラック損保』という会社がございまして。弊社の商品で万が一予期せぬ損害が生じた場合には、全額補償することが可能な商品を取り揃えております。もしよろしければ、担当者を呼びましょうか」


こいつらは悪魔の一族か!

僕は立ち上がって叫んだ。

「もう結構です」

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グッドラック商会リターンズー帰って来た五右衛門太郎神酒乃介 六散人 @ROKUSANJIN

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