第1話

 お姉さんの口から出た飛沫を受け止め、慌てて持ってきてくれたタオルで顔を拭く。


「ごめんなさい! でも、あんなに威力のある魔弾なんて見たことなくて、つい驚いてしまいました」


 多分僕より一回り上の人が恥ずかしそうに頬を赤らめているのが可愛い。


 でも、数多のギルドメンバーを見てきたお姉さんの想定外をいくようなことはしていないんだけど。


「自分で言うのもなんですけど、威力は全然変わっていないと思いますよ。的を見れば綺麗に穴が開いているってだけで、壊れてはいないですし」


「それが素晴らしいことなんですよ! 撃ちだされた瞬間から着弾するまでの速さ、なんですかあれは!」


「そんな興奮気味に言われても、毎日練習していたとしか……」


「なるほど、あの魔弾を撃てるにも関わらずあそこまで魔法能力が劣っている理由が分かりました。レボル君は本当に魔弾ばかり鍛えていたんですね。魔法というのは理解を深めるほど他人が使う同様のものとは違った成長を見せると言われていますから」


「多分、そうなんだと思います」


 そんな知識全然持っていなかったから正解が分からない。本当に毎日、メイに見せるために練習していただけだから。


「そ、それで、あの魔弾があればギルドに所属させてもらえますよね?」


 それはともかく聞くなら今がチャンスだ。確実にお姉さんの評価はあがっている。それにテンションもあがっている。

 一時の興奮に判断力が鈍っている可能性も高い。


「いいえ、それはできません」


 なんてことはなかった……。


「どうしてですか? あっ、まだ魔弾のテストが途中でしたもんね」


 パッとさっきと同じ形で右手を動いている疑似モンスターたちに向け、淡々と10発撃ち込んでみせる。

 魔弾というのは前提として必中だ。


 お姉さんを驚かせた速さでそれらは張られた的の中心に当たる。中型、小型の疑似モンスターはまたも貫いて壊してしまった。あとで弁償させられないか心配だな。


「ほらっ、もちろん魔弾であることは間違いないですよ」


「そんな簡単な感じでやられちゃうと他の魔法使いの子達が可哀想ですが……」


 お姉さんはそう言い苦笑を浮かべた後、それでもと続ける。


「その分レボル君は基礎がなっていませんからね。ギルド内のチームに所属してサポートとして働くことが多い魔法使いとして、魔法属性のない魔弾のみでは火力不足ですし、かといって広範囲の治癒魔法や治癒速度に長けた魔法を使えるわけでもないレボル君を雇うわけにもいかないんですよ」


 表情こそ柔らかいのに、放たれた言葉は厳しさに塗れている。


 実力不足という評価を覆すほどのインパクトを与えられたと思っていたけれど、そう簡単にことを運べるわけがなかった。

 ただ、もうひとつ僕には残っている。唯一無二の治癒弾ラブ・バレットが。


「たしかに火力不足は否めません。ただ必中という利点を活かして隙を生み出すことはできます。それに治癒弾ラブ・バレットの射程距離は長いんですよ。魔弾は僕が視認できればいいんですから」


「では、その自信ありげな魔弾を見せて頂きましょうか。試験用の小型モンスターを連れてくるのでなかで待っていてください」


 言われた通りギルド内に戻り、ソファに座って待つこと3分。扉の開く音が聞こえ、そちらを振り向く。


 僕よりすこし年上くらいの赤髪のお姉さんが大剣を軽々と握っている……。

 魔力を持って生まれていなかったら、僕も剣士を目指していたのかな。やっぱり誰が見てもその姿は格好良い。


「サーシャいるー?」


 つい目で追ってしまった僕のことなんか意に介さず、お姉さんがいるはずの受付に声を掛けに行った。


 もし、ここに雇ってもらえたらこういう人たちのサポートが出来たらいいなー。まあ、見るからに実力が離れている感じはあるけど。


「ねえ、君」


「は、はい!」


 赤髪のお姉さんが僕になんの用事ですか!?


「君が来たときから、ここに誰もいなかった?」


「あ、えっと、受付のお姉さんは今──」


「あれ?ミトじゃない」


 僕が説明するより前にお姉さんが戻ってきた。


「なんだ居るなら返事くらいしてよー」


「ごめんなさい、ちょうどこの子を連れてくるために奥の部屋にいたから聞こえなかったのよ」


「ふーん。それでそのロックラビットを連れてきたのは何の為?」


「そっちで待ってるギルド試験に挑戦しに来たレボル君の治癒弾ラブ・バレットの検証の為よ」


「らぶばれっと? なにそれ」


 うっ、絶対今心のなかで笑われた。恥ずかしい。


「レボル君曰く、治癒効果を持った魔弾みたいよ」


「それで硬い毛で覆われているロックラビットの出番ってわけか」


 それなら昔、本で読んだことがある。傷を付けても毛には神経が通っていないから、痛みを感じないみたいなことが書いてあった。


「その新しい魔法、私も見たいんだけどいいよね?」


「私は別に構わないけど、緊張するのはレボル君の方だから聞くならレボル君にお願い」


 そう言われた赤髪のお姉さんがクルッと僕の方に身体を向かせた。


 お胸は控えめっぽいけど、僕よりすこし背が高くてあれだけ力もあって頼りがいがありそうな上に、お顔は可愛い感じで目が合うとすこし鼓動が加速する。


「ねえねえ、レボル君。私も見させてもらっていいかな?」


「あっ、は、はい……」


 こんなの断れるわけないよ。

 それにミトさんのことは知らないけど、受付のお姉さんと仲の良い人に実用性を認めてもらえたら判断が有利になる可能性もある。


「それじゃあ、試験の続きを始めましょうか」

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