中編小説「魔弾しか撃てませんがギルド最恐狂戦士にヒーラーとして拾われました」

木種

プロローグ

 所有魔力D、使用可能魔法E、治癒魔法E、魔法知識E、詠唱有無……有。


「総合魔法評価E……ですか?」


 受付のお姉さんに渡された紙に大きく書かれたその文字を見てから、汗が止まらない。


 それにギルド試験を受けに来たときよりお姉さんの顔に気まずさが浮かび上がっている気がする。


「公平な筆記試験と魔法反応検査の結果、そう判断されたみたいですね……」


「されたっていうか、お姉さんが判断したんですよね?」


 涙目で訴えるように見つめてみる。


 ダメだ。慌てるどころか気まずさが薄れているのが見て取れる。こういうことをする人間のろくでなさを知っているんだろうなぁ。


 でも、僕はそんな甘い気持ちでここに来たんじゃない。粘る選択は間違ったかもしれないけど、絶対にギルドに受かって働かなきゃいけないんだ。


「お願いします! 備考欄も含めてもう一度審査してください!」


 精一杯の気持ちで頭を下げる。

 なぜならギルドの試験をようやく受けられる16歳になった僕でもわかるから。このままじゃ、確実に実力不足とみなされてギルドメンバーとして雇われないことくらい。


 沈黙の数秒。


 姿勢を保ち続けていたら、お姉さんが息を吸う音が聞こえてきた。


「しょうがないですね、わかりました。ここで簡易試験をしましょう」


「本当ですか⁉」


 顔をあげて喜びで輝いているはずの瞳をお姉さんに向ける。


「え、ええ。レボル君の年齢で魔弾を習得しているのが褒められるべきことなのは間違いないですからね」


「ありがとうございます!」


「まあ、それでも威力が弱く大きなモンスターに有効打でないことはたしかですが」


 うっ……痛いところを突いてくるなぁ。

 物語のなかの魔弾の使い手は強くてかっこよかったから憧れて練習して、加えてあんなことがあって、僕がもっと強くならなきゃって必死に努力してきたのに。


「た、たしかにソロでモンスター狩りは出来ないかもですけど、チームを組んでサポート役としてなら十分役に立てます! 治癒魔法だって使えますし!」


「それって、さっき言ってた備考欄に書いてある治癒弾のことですか? ラブ・バレットなんてルビ振られてますけど」


「は、はい……」


 自分で書いたのに声に出されると恥ずかしい……。


「私の知る限りではそんな魔法は聞いたことありませんよ」


「だから、唯一無二と書いているんです! その名の通り、治癒魔法を纏った弾を撃って当たった人やモンスターを回復させるんです。対象に必中の魔弾だからこそ活きる技なんですよ!」


「そうは言っても、レボル君の魔力だと十分な治癒能力を持っていませんよね。未知に対して否定的な言葉を並べるのは成長を妨げるとわかっていても、にわかにその魔弾の存在も信じがたいですし。

 ただ、だからこそ、簡易試験をしようと提案したのでまずは本当に必中の魔弾を使えるのか、その威力も含めて確認してみましょうか」


 劣勢でいることを再認識させたうえでちゃんと審査してくれるってことか。良かった、頑固な人じゃなくて。


「ありがとうございます!」


 もう一度頭を下げる。

 それからお姉さんについていき、ギルド裏手にある庭に案内された。パッと見ただけでも練習用の的や簡単な動きをする人形、剣士や槍使い用の打ち込み台が置かれている。


 普段からここでギルドの先輩方が特訓しているんだろうな。


火球ファイヤーボールとか雷球サンダーボールとか、魔法初級の遠距離が使えるか試すときはあそこの動かない的を狙ってもらいますが、必中の魔弾ということで、今回はあちらの大型、中型、小型のモンスターを模したものを狙ってもらいますね」


「もちろんです。そうでないと魔弾の凄さは伝わりませんから」


「では、少々お待ちください。原動力になる魔力を注いできますので」


 お姉さんは一切ぶれない足取りでそれらに近付いてひとつずつ手をかざしていく。すこし光ったかと思えば、疑似モンスターの瞳に色が付き、不規則に動き始める。


 こっちを襲ってこないとわかっていても大型の疑似モンスターは迫力があるなー。嫌な記憶が蘇って身体に緊張感が走ってきた。


「レボル君、すこしいいですか?」


 お姉さんが声を張って呼んでいる。


「何ですか?」


 もしかしてトラブルが発生したのかな。


「何の考えもなしに魔弾を打つことはよほどのことがない限り有り得ないでしょうから、私が今からこの子達に貼り付ける的の絵を狙ってください! 全て枠内に収まっていたら評価を上げます!」


「わかりました! 任せてください!」


 こっちも大声で返すと、親指をグッと立ててくれた。


 1分ほどで動き回る疑似モンスターの身体に丸く描かれた的の絵を10枚張り終えたお姉さんが戻ってきた。なんて器用なんだ。


「制限時間はどれくらいにします?」


 これは試されているのかも。それなら多少余裕のある秒数でも全部当てたほうが評価としてはあがるだろうし、撃ち終わった段階で切り上げれば時間の短縮も可能。


 無理して挑戦する必要はない。


「じゃあ、20秒でお願いします」


「……えっと、レボル君のために言っておきますけど、無理する必要はないんですよ?」


 ん? どういうことだろう。


「魔弾の詠唱に早くても3秒は有するでしょう。20秒じゃ、絶対に不可能だと思うんですけど、間違ってますか?」


「あー、そういうことですね!」


 一人、噛み合わない点を理解して手をポンと合わせる。


「僕、詠唱ありって答えたんですけど、それってこういうことなんです」


 多分こういうタイプの人を見たことがなかったんだろうな。自分でも珍しいって自覚してるし、子供っぽいかなって恥ずかしくてあまり人に見せたことないし。


 お姉さんに向かって右手を向ける。親指で撃鉄を、人差し指と中指で銃身、薬指は引き金に掛けているように第二関節で折り曲げてみせて。


「ふざけているわけじゃないんですよね?」


「もちろんです! 試しにあの的に撃ってみますね」


 一番近くにあった遠距離魔法や弓使い用の的に手を向けて薬指を完全に曲げる。


 指先に赤いオーラを纏った魔弾が浮かびあがると同時にそれは発射され、空を切り裂く速さで的の中心に見事命中し、貫いた。


「こんな感じです!」


 ちゃんと当たったことに安心してお姉さんを見る。

 でも、あまりに幼稚な方法に驚いているみたいだ。何度も僕の顔と右手を交互に見ているし。


「な、なんですかそれはっ!」


 そう思っていた僕は、近付いてきたかと思えばグッと肩を掴まれ、お姉さんの唾を綺麗に顔に受けることになった。

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