閉じ込められた幸運

フィステリアタナカ

閉じ込められた幸運

「トオル。俺、コーン回収するから、ボール集めてきてくれ!」

「わかった! グラウンド整備は?」

「そんなの手の空いている奴らに任せればいいだろ!」


 高校二年生になる前の春休み。僕は部活が終わり、サッカーボールを集めていた。


「トオル! ボール集め終わったらグラせん手伝ってくれ!」

「ちょっと待ってて!」


 ボールを回収し、倉庫の中へ。ボールの数を数えるのは後回しにして、グラウンド整備を手伝う。


「お待たせ」

「こっちの半面よろしくな」

「わかった」


 片付けはレギュラー、控え関係なく、一年みんなでやるが仕事量が違う。手を抜くヤツは手を抜くが、僕は真面目にやるしか能がなかった。


「トンボ持っていって」

「わかった」


 グラウンド整備に使っていたトンボ数本を持ち、倉庫へと向かう。


「スクイズ洗った?」

「まだ。トオルも手伝って」

「わかった」


 スクイズボトルを洗い、籠の中へ。クーラーボックスの中の氷も処分し、所定の場所へと移す。他の部員も片付けが粗方終わったみたいだ。


「まだ、ボールの数を数えていないから、先に戻って」

「おう。トオルよろしくな」


 一人倉庫の中を見渡す。ビブスやマーカーなど、だいぶ散らかっていたので倉庫の中も整理することにした。


「先にボールか」


 ボールの数を数え、不足していないかを確認する。二回数えたがボールは一個少なかった。


「探すか」


 グラウンド周りを歩きボールを探す。一周しても見当たらず、二周目で桜の木の枝に挟まっていたボールを見つけた。そのボールを回収し僕はホッとして倉庫に戻る。ボールが揃っているのを確認してから、倉庫にあるロッカーから整理をし始めた。


『やばっ。倉庫閉めてないだろ? 監督に怒られるから閉めてきて』

『おう』


 僕は倉庫の整理に夢中になって、倉庫の鍵を閉められたことに気がつかなかった。


(あっ、監督に消石灰の袋の数も確認しろって言われてた)


 倉庫の整理が終わり、白線を引く為の消石灰の袋を数えた。だいぶ減っていたので監督に在庫を報告しようと倉庫の入口に行くが、扉は開かなかった。


(えっ)


 とりあえず近くにいる人に助けを求めようと声を出す。


「誰か! 閉じ込められたんだ! 開けて!」


 声をあげるが返答はなく、僕は帰れなくなってしまった。


(マジかよ)


 人が通る気配もない。どうにもならないので、仕方なく近くにあったサッカーの本を読み始めた。数時間が経ち、倉庫の中に夕日が差し込む。このまま明日の部活の時間まで閉じ込められるのかと思っていたら、車の音が聞こえた。


「トオルいるか。トオル!」

「監督! います! 倉庫の中です!」


 監督は消石灰の在庫の数を報告しに来るはずの僕を、探してくれた。僕が倉庫にいることがわかると監督は倉庫の鍵を開ける。


「他の奴らは?」

「みんな帰ったと思います。監督ありがとうございます」

「よかったよ。帰る前にお前のこと探して」


 僕は監督にお礼を言い、帰り支度をする。それから自転車に乗り夕日に向かって、大きな道路の端を走った。


(ん? あの子は)


 走っている途中、女の子がキョロキョロしているのが見えた。彼女は僕のクラスメイトで、僕の憧れの人。告白したいけれど、多分良い返事はもらえないだろう。僕は彼女の様子が気になったので自転車を止め彼女に声をかける。


「どうしたの?」

「あっ、トオル君」

「何か探しているみたいだけれど落とし物?」

「うちの猫を捜しているの」

「猫?」

「そう、車に轢かれたらって思うと心配で」


 彼女は猫が轢かれてしまったらどうしようと不安げな表情を見せた。


「僕も捜すよ。どんな感じの猫なの?」

「サビ猫でこのくらいの大きさ」


 彼女に猫の特徴を聞いた。大きさは大人の猫より少しだけ小さく、臆病な猫らしい。車も多く通っているので轢かれていたら可哀相だなと思いながら、彼女と日が落ちるまで猫を捜した。


「いない……」


 彼女は泣きそうな顔をしながらそう呟く。きっと探している猫もどこかで泣いているのかもしれない。

 僕はオレンジ色から濃紺に変わりゆく空を見上げて考える。どこにいるのだろう。自力で帰れるかどうかわからないし。と思いながら視線を落とすと、自転車が視界に入り僕は気がついた。


(帰れないってさっきの僕じゃん)


「ねえ」

「何トオル君?」

「その子どこかに閉じ込められていないかな? 倉庫とか自動車とか」

「あっ、お父さんが車のドアを開けたまま庭仕事してた!」


 僕は彼女と一緒に彼女の家に行く。好きな子の家に行くなんて、ドキドキするが今はそれどころではない。


「ただいま! お父さん!」

「どうした? 見つかったか?」

「ううん。もしかしたら車の中にいるかもしれないから開けてもらえる?」


 彼女は家に着き、門扉の前にいた父親に話しかけた。


「ちょっと待て」


 彼女の父親が玄関の中へ入る。そして鍵を持ってきて車のドアを開けた。


「いた!」


 彼女は車の中からサビ猫を抱きかかえ僕の所に来る。


「見つかった。この子」


 彼女の腕には疲れ切ってしまったのか覇気が無く、まぶたを重そうにしているサビ猫がいた。


「トオル君、ありがとう。見つけてくれて」

「ううん。僕は見つけてないよ」

「トオル君が言ってくれなかったら、車の中なんて探さなかったよ」


 彼女の父親は車の中を確認していた。トイレをしている様子はなくフロントガラスには猫の足跡がたくさんあったそうだ。


「お父さん。この人が車の中にいるんじゃないかって言ってくれたトオル君」

「初めまして」


「トオル君? ああ、娘がよく言っている子だな。君がそう?」

「はい?」


「お、お父さん!」

「どうしたんだ慌てて?」

「何でもない!」

「ははは、面白い。トオル君だっけ? 娘はやらん」

「もう! お父さん!」

「よかったら夕飯でもどうだ? お世話になったし」


 彼女は真っ赤になっている。そんな中、僕は部活で土まみれだったので、彼女の父親に言った。


「すみません。ありがたいのですが、部活終わりで汚れているので」

「そうか。じゃあ、お礼がしたいから部活が休みの日にでも家にきてくれ。なっ、絶対に来いよ」


 何故か彼女の父親に圧をかけられたが、部活が休みのときに、この家に来ることを約束した。彼女の反応を見て、僕は「彼女と仲良くなれそうでラッキーだな」と思いながら、自転車にまたがった。


「じゃあ、帰るね」

「うん。トオル君気をつけてね」


 帰りながら思う。今日は倉庫に閉じ込められて大変だったけれど、おかげであのサビ猫を見つけることができた。もしサビ猫が車の中に閉じ込められていなかったら、彼女との仲良くなるチャンスは来なかったのかもしれない。サビ猫は幸運を呼ぶと言うが、きっと本当のことなんだろう。僕はそう信じたい。

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