第17話
「おう、来たか! こっちだ! 予定より遅かったから心配したぞ」
クリス家の針葉樹林を抜けると――つまり小さな山を一つ越えたところで、待機していたザカリーと合流した。
「すみません。憲兵に見つかって足止めされてました」
「無事に切り抜けられたんだな。よかった。詳しい話はあとだ。やつらの気が変わる前に先を急ぐぞ」
「はいっ!」
ザカリーの案内で、アナスタシアと子供たちは夜通し歩き続けた。夜明けがきても歩き続け、足が棒になって靴底が破れても歩いて。いくつ山を越したかもわからないくらい黙々と歩き続けて、目的地にたどり着いたのは翌々日の昼だった。
「頑張ったな。ディアマン領に入ったぞ。これで一安心だ」
領門をくぐって発せられた言葉に、必死で歩き続けてきた子供たちはほっとした表情をみせた。幼い子供たちには非常に厳しい道程だったが、道中で弱音を吐く者は一人もいなかった。皆、自分の置かれた状況の危うさを正しく理解していたからこそ、とにかく歩き続けたのだった。
領が変わったということは、憲兵の管轄も変わったということ。つまり、追手が入ってこられないところまで来たということだ。
「やつらも、まさか俺らが山越えをしてディアマンに入っているとは思わねえ。せいぜい隣町に逃げ込んだぐらいだと高をくくっているだろう。憲兵なんてそんなもんだ」
世紀の大泥棒の言うことには説得力があった。アナスタシアもほっと胸を撫で下ろす。
「修道院がやっている孤児院があるのよね、ザカリーさん」
「ああ。すぐそこだ。着いてこい。この街は昔滞在したことがあるから、地理は分かっている」
「お仕事で、ですか?」
少しだけ余裕の出てきたアナスタシアが訊ねると、ザカリーは苦笑した。
「まったく。おまえさんには敵わねえな」
ディアマンはギャガと隣接しているとはいえ、山脈を超えた先にある。つまり明確に区切られたような領地だったから、雰囲気もまったく異なっていた。
治安の悪かったギャガとは違って、ここには普通の世界が広がっていた。
母親と手を繋いでニコニコと楽しそうな男の子。道の両脇に展開される屋台には新鮮な農作物や手づくりの籠などが並び、店主が弾けるような声で呼び込みをしている。素朴な街並みには温かさがあり、人々の血の通った営みがあった。
――ああ。もう大丈夫なのだわ。わたしたちは逃げ切ることができた。
アナスタシアは、一歩足を踏み出すごとに、力んでいた全身の力が抜けていくのを感じていた。
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