第11話

「――という場面を見かけたんですが。これってやっぱり、悪いことをしてるんでしょうか?」


 ぼろぼろの食堂の片隅で、アナスタシアはザカリーに問いかけた。

 彼は彼女の話より目の前の魚のアラ汁に夢中だ。わき目もふらずにかき込みながら答える。


「そりゃあ怪しいな。しかも、うめき声みたいなのも聞こえたって? 人さらいでもしてるんじゃねえか? そういや最近、増えてるって聞くし」


 冗談半分の表情だったが、アナスタシアははっと思い出したことがあった。


「クリスのお母さんも言ってました。人さらいが増えて物騒だって」


 自作自演の爆弾事件のとき、クリスは人さらいから取り返してきたという設定になっていた。


「どんな人が被害に遭っているんでしょうか」

「子供が多いみたいだぞ。親が目を離した隙にとか、子供だけで遊びに出かけたまま帰ってこないとか。俺が耳にしたのはそういう感じだな」


 ――まさか爆弾だけでなく、人さらいという設定も自作自演?

 アナスタシアはぞっとした。

 もともと裏で人身売買みたいなことをしていて、クリスもその噂に乗じる形で排除しようとしていた? さすがに自分の子供を売るのはまずいだろうからと。


「あの家には、閉じ込められている子供がいるってことですか?」

「かもなあ。……どうするんだ、アナスタシア。これは思ったより大事かもしれねえぞ」


 アラ汁を食べ終えたザカリーは、店員をつかまえて肉団子を追加注文する。

 アナスタシアのおごりだというので、遠慮なく腹を膨らませているのである。


「気になるんなら調べることもできるが、前にも言った通り、これはおまえさんの手に余る事件の可能性が高い。知ってハイ終わり、って納得できる性格じゃないのは、俺にだってわかるぜ」

「……そうですね。ほんとうに事件ならば、クリスを助けたいです」

「クリスが可哀想なのは違いないが、慈善事業じゃないんだぞ。悪人と憲兵を相手にするんだ。その覚悟はあるのかって聞いてんだ」


 パンの器を空にしたザカリーが、強い眼差しを向ける。

 アナスタシアはその器に目を落としたのち、決意の表情でザカリーと視線を合わせる。


「覚悟はとうにできています。わたしは二度と困っている人を見捨てないと決めたんです」

「ほう?」


 深くは訊ねずに、ただ片眉を上げるザカリー。


「だけど、わたし一人じゃ難しいことも分かってます。だからお願いです。ザカリーさん、協力してもらえませんか?」

「…………」


 ザカリーは椅子に背を預け、無言のまま腕を組む。彼の口角はわずかに上がり、どこかわくわくしているように目がきらめいていた。

 彼が何も言わないのを見て、アナスタシアは再び口を開く。


「どうか力を貸してもらえませんか? ……世紀の大泥棒 ザカリー・アルティミスさん」

「…………!!」


 アナスタシアの言葉を聞いて、ザカリーは大きく目を見開いた。

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