第10話

 ザカリーと別れたアナスタシアは、夕日が照らす通りをてくてくと歩きながら、クリスの一件について考えていた

 時限錠なんて代物はそうそう市場に出回らない。おもに銀行で金銭を保管する際に使われるため、一般ルートでは流通しないのだ。中に保管するお金より時限錠の方が高価だから、普通の家庭が買う意味はない。


「そう考えれば、時限錠を持っていること自体が胡散臭いのよねえ」


 それに、爆弾だってそうだ。自作自演していると分かった以上、どこから爆弾を調達したのかという疑問も残る。

 いくらギャガの治安が悪いとはいえ、あの日の野次馬の慌てぶりからは、日常的に爆弾騒ぎが起きているようには見えなかった。


「やっぱり裏で悪いことをしているのかしら? だから時限錠や爆弾を調達できた?」


 ザカリーの話が現実味を帯びてくる。憲兵ぐるみで悪事を行い、多額の金銭を稼ぎ出し、仲間内で分配しているのだろうか。


「……もう少し調べてみよう」


 話の辻褄は合うけれど、証拠がない。

 クリスの近辺にいれば、そのうち手掛かりがつかめるだろうか。

 アナスタシアは今晩も宿屋ではなく、クリス家の農具小屋に泊まることに決めた。

 ふかふかのベッドがなくたってアナスタシアは問題ない。雨風が凌げるところであれば、宿屋だろうが農具小屋だろうが彼女にとっては幸せで、大差はないのである。


  ◇


 クリスの家の広い敷地は、ある意味で無防備だった。屋敷の大きさに対して使用人の数は少ないのかもしれない。昨日と同じく外に人の気配はなく、山続きになっている針葉樹林はひっそりとしている。


「今日もお世話になります……」


 いちおう原状回復して小屋を出てきていたが、朝と物の配置は変わっておらず、やっぱり誰も使っていないようだった。安心したアナスタシアは布地や蓑を床に敷き詰め、自分が心地良いようにねぐらを作っていく。

 錠前破りの道具に手入れを施し、こっそり池で顔や手足を洗って小屋に戻るころには、すっかり夜も深まっていた。洋館は二、三の窓に明かりが灯っているだけで、大半の部屋は暗くなっている。


「今日は、怒鳴り声は聞こえなかったわ」


 獣の毛皮にくるまったアナスタシアは呟いた。

 昨日の夜。最後に母親は『もういいわ。さっさと地下に行ってちょうだい』と言い捨てていた。クリスは普段、地下の部屋で過ごしているのだろうか。

 まだ幼いのに、ひどく気の毒だと思った。

 きっとクリスは、新しい父親にもよく思われていないんだろう。もし気に入られているんなら、母親はクリスにつらく当たる理由がない。


 実父を失くしただけでも悲しいのに、優しかった母親まで豹変してしまったら。クリスの心中を想像すると、アナスタシアは胸が引き裂かれそうだった。


「どうしたらクリスを助けられるかしら……」 


 そんなことをぐるぐると頭の中で考えているうちに、まどろみの中へ落ちていった。


 ◇


 小屋の外がにわかに騒がしくなる。

 アナスタシアの意識が浮上したのは、眠りについてからほんの数時間後のことだった。


「……?」


 目を擦りながら身を起こす。

 どかどかと落ち葉を踏みしめる足音と、僅かに聞こえるうめき声。小屋の脇の道を大人数が通り過ぎているようだった。

 アナスタシアの身体に緊張が走るが、自分の存在がバレたわけではないことが分ると、ほっと息をついた。


「もうっ。こんな夜中に何をしているの? 起きてしまったわ」


 昼間でさえ、あんなに静かなのに。

 そう思ったものの、ふと頭にザカリーの言葉が蘇る。確かこの家の新しい主は、夜な夜な出かけていると言っていた。

 足音が少し離れるのを待ち、小屋の木窓を薄く開けて外の様子をうかがう。

 暗くてはっきりとは見えないが、五、六人の人間が、何かを担いで洋館に向かっている。そのまま真っ暗な洋館に入っていき、そこで沙汰は途絶えた。


「……?」


 どこかの部屋の灯りでもついたら様子を探りに行こうと思ったが、小一時間ほど待っても気配はない。周囲は静かな夜を取り戻していた。

 アナスタシアは諦めて再び寝床に入る。そしてしっかりと目をつむり、今度こそ眠りの世界へおちていったのだった。


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