22


「ああ。六地蔵んとこか。意外と近いんだな」


 たしかあそこには、県道の拡張工事で敷地の移動をしたほぼ新築の空き家があった。


「家族三人でリフォームしながら住んでいます」


 由里子が、車椅子のうえで誇らしげに歯をみせた。最近は薪ストーブを設置したらしい。


「楽しそうじゃん。おやじさんの仕事は三里みさとかい?」


「市内です」


「じゃあ二時間コースか……」


 車なら一時間の道のりも、電車だと市内からこっちは単線で、対向待ちで片道一時間のロスがでる。




「両親ともおなじ総合病院で交代制勤務なので、だいたいどちらかが朝は家にいるので大丈夫です。明日は母が車椅子をおしてくれます。……それに……」


 自走の練習を積んで、ここものぼれるようになるつもりですと、なだらかな坂に由里子が言った。



 青空の下、それは遠い夢のように聞こえた。

 まるで沈む夕陽を追いかけて、夜のこない国をめざすように。




 了一は言った。


「わかった。それまでは俺が押す」


「でも、悪いです……」


 そこに、ひかりが笑顔をさしこんだ。


「じゃ、私たち、交代で迎えに行くよ、遠慮しなくていいよ」


 しかし了一は猪木のような形相で、


「いやおまえんち逆方向じゃねえか」


 邪魔をするなと噛みつかんばかりにそう言うと、小悪魔的な笑みをうかべてひかりが、肘で彼女を小突いた。


 車椅子のうえで由里子がふりかえり、不思議なものをみるように了一を見あげた。


「ちげーよ。俺は下町しもまちだから、どうせ六地蔵は通るんだよ」



 なあに。この坂道だけさ。そうつぶやいて了一は、このそう広くもない町を見渡した。


「そのうち外でも自力で進むんだろ」



 三人で交わした、約束その②は、〝校舎内の平行移動はきほん自走で〟だった。


 由里子はうなずいた。

 決意がその目にのぞいている。


 それを小馬鹿にした感じにはならないように彼は、由里子のその目にへと、目配せをした。


「でもそうなったって、あんな坂道は危ない。仮におまえが立って歩けるようになったって、あんなのは手伝わせてもらう。それと今は同じこった」








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暗渠 @AK-74

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