赤の女王と黒の騎士のマジカルギャンブリングサバイバー

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

赤の女王と黒の騎士のマジカルギャンブリングサバイバー

「赤の対になる色ってさ、何色だろ?」


 その前の文脈は知らない。

 いつもの高校、いつもの教室、いつもの休み時間のこと。

 たまたまその会話が、私の耳にも届いた。


「青じゃない? トイレの男女とか赤と青で書いてあるじゃん」


「補色なら緑でしょ」


「白とかは? 歌合戦とか、紅白餅とかあるし」


 席の後ろで交わされる、たわいないただの雑談。

 そこに唐突に、声が差し込まれた。


「赤の対ったら、そら黒やろぉ」


 振り向いて、眼鏡の位置を直して、見上げた。

 雑談していた子たちも、同じように会話に入ってきた男子を見上げていた。

 すらりと背の高い男子。派手な金髪に、にいっと見せる歯は犬みたいに犬歯が目立つ。関西弁。

 北村きたむら緑武グリム。それが彼の名前。


「トランプやって赤と黒やし、ルーレットも赤と黒やん。ギャンブラーならこの組み合わせがマストやろ」


「北村くん、ギャンブルやるの?」


 返事をせずににへらと笑ったグリムの目線が私に向いて、私はついと目をそらした。




「……あんな露骨に目ぇそらさんでもええやーん、有雀アリスちーん」


「仲良いと思われたくないし」


 グリムと二人、立って横に並ぶ。服装はお互いに制服。

 二人を乗せて下降する、やたらクラシカルで装飾が豪勢なエレベーター。照明をもうちょっと明るくしてほしい。変に雰囲気があるから。


「えーアリスちん冷たいやーん俺傷つくわー俺とアリスちんの仲やーん仲良くしよやー南野みなみのアリスちーん」


「ちょっと、肘を置かないでよ」


 頭に寄りかかってきた肘を払いのける。横に並ぶと、頭ひとつどころの騒ぎじゃない身長差があって嫌だ。こいつの背が高すぎるんだ。私が小さいわけじゃない。小さいんだけど。


「はー。俺けっこうヘコむわー。アリスちんのためなら命やって張れるんやけどなー」


 グリムは腕をぶらんと下げた。それを伝うように目線を上げて、私はグリムの顔を見た。グリムはつーんと口をとがらせて、エレベーターの天井近くの階数表示を手持ち無沙汰に見ていた。


 くやしいけれど、グリムの見た目はいい。金髪がすごくきれいで映えてる。

 見てて、私も髪を染めたいなあなんて思う。けどもしちょっとでも髪色を明るくしたら、この男はおそろいだーとかなんとか言って大はしゃぎするのが目に見えてるので、私はずっと黒髪のままにしてる。逆にこいつに合わせてるみたいでしゃくだけど。


「ま、ええわ。そろそろ着くし、準備しよか」


 不意に、グリムの顔が近づいてきて、どきりとした。

 エレベーターの二人きりの空間。グリムは片膝をついて、私より低い目線から、私の顔を見つめている。

 眼鏡があってよかった気がする。なかったらその分だけ距離が詰まってたかも。


 グリムはにたりと笑って、目はまっすぐに私の目を見つめて、やわらかくささやいた。


「つけてや」


「なんで、私が」


「アリスちんがつけんとあかんやろー」


 一歩、下がった私に、グリムはその分だけ上半身を寄せてきた。


「どっちがどういう立場か、いまいち分かってへんようやからな。ちゃんと理解してもらわな困んねん」


 にへらと笑った口元で、でも目は真剣に私を見ていた。

 その圧が強くて、私は仕方なく、グリムの制服の胸ポケットに入っていたものを取り出して、グリムの首に巻いた。

 真っ黒い首輪。魔力式小型爆弾付きの。


 白い魔力の光が、グリムの体の表面を走って、服を分解し始めた。


「忘れたらあかんで。俺はアリスちんの騎士で、アリスちんは俺の女王や」


 魔力が分解した制服を再構築する。漆黒の騎士の鎧。

 その無骨なシルエットに対して、グリムの金髪と犬みたいなやわらかい笑顔は、やけに似合わない気がした。


「冗談抜きの話やで。俺はアリスちんのためなら、命やって懸けられる」


「うれしくないよ」


 私の服も分解されて、再構築される。真っ赤なドレス。眼鏡も分解された。

 この衣装のデザインをした人に文句を言いたい。私は好きで眼鏡をかけてるんだ。ドレスに似合わないと言われたらそうかもしれないけど、眼鏡込みで映えるドレスをデザインするくらいの気概を見せてほしい。


 エレベーターの階数表示が最下層を示して、ベルの音とともにエレベーターが停止した。

 エレベーターが開く。天井と壁がつぼみの開花のように、まるごと開いて私たちの姿を外界へとさらす。


「命令してや。アリスちん」


「名前。今はその呼び方じゃないでしょ」


 冴え冴えとしながら熱気をはらんだ風が、吹きさらしになった私たちの周りを駆け抜けていった。

 異空間。見上げれば夜空。やたら色合いがビビットな。

 星々は絶えず位置が入れ替わって、黒い入れ物に色分けしたビーズみたいに鮮やかな星雲を形作って、それは他の星雲から星を奪って膨れ上がったり逆に奪われたりして、ふと星雲のひとつが完全に吸収されて消滅した。


 わっと、正面で歓声が上がった。私とグリムは正面を見た。

 黒い空間に、白い魔力の光が葉脈のように張りめぐらされて、その上に街灯のように大きなロウソクがそこかしこで灯されている。

 その果てのない空間のただなかに、大きなテーブルがあった。四百メートルトラックのように巨大なテーブル。

 テーブルではの参加者が席につき、その周囲に闘技場のように観客席がある。参加者の背後の星空では星が整列して、ディスプレイのように参加者の顔を大写しにしている。

 その参加者の一人が、黒い灰になって崩れて消えた。ゲームに敗北したんだ。さっきの歓声はそれに反応した観客の声だ。


 ぶるりと、私の体がふるえた。

 隣でグリムが、ずっと一緒に正面を向いて、ささやいてきた。


「命令、してくれや。赤の女王様。俺は女王様のためなら、この心臓やって捧げれんで」


「うれしくない」


 グリムが私の顔を見てきた。私はずっとゲームテーブルを見続けていた。

 体の中がちりちりする。魔力の流れ。それから、ギャンブルに対しての高揚。


「捧げるのなら勝利をちょうだい。あなたが命を捧げたところで、私にはなんの価値もないし楽しくない」


 グリムは、しばらく私の顔を見つめた。

 それから犬歯を見せて、にやりと笑った。


「御意に」


 そしてグリムは、黒の騎士は、私を横抱きにかかえて飛翔した。

 魔力の線を白く残して、ゲームテーブルまでひとっ飛び。

 そして私をたった今できた空席に座らせて、自分はテーブルの上に降り立って、高らかに宣言した。


「こっからは赤の女王が参戦や! 楽しい勝負をしようや!」


 席につく参加者たちと、テーブル上の騎士たちが、私の方を見た。

 私はそれには構わない。盤面を見る。ルーレット。赤と黒に塗り分けられた巨大なルーレットが、人間よりも大きな鉄球をマスの中に収めている。

 把握。今回のギャンブルの内容。魔力を練って、チップを生成する。


「赤の女王が命じる。私の黒の騎士――」


 チップを投げ入れる。ベッティングエリアへ。エリアの内側、線をまたがず数字の直上。単独賭けストレートアップ


「――勝て」


 天上から鉄球が降ってくる。参加者たちがチップを投げ入れる。そしてグリムら騎士たちが剣を抜き、打ち合いながら駆ける。

 鉄球を狙いの場所に落とすために。みずからのあるじに、勝利をもたらすために。

 それを見ながら私の心は、赤く高揚した。

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