4.

 夏休み中の注意事項などを説明されるなか、ガラス窓いっぱいに広がる青空をぼんやりと眺めていた。


 ギラギラと照り付ける太陽の日差しで眩しく、外は光って見えた。遠方の景色はゆらゆらと歪み、地表から激しい炎で炙られているようだ。


 まるで地獄の釜茹でだなと想像し、げんなりとする。


 個人的に夏は嫌いだ。深緋は夏の太陽光にとことん弱く、毎年インドア生活に徹している。外を出歩くときは、それなりの対策を取らないとすぐに熱中症になってしまう。


 元来、吸血鬼が弱点とするものに、日光や十字架、ニンニクなどが挙げられるが。


 日光を浴びたからといって灰になる、なんてことは無く、普通に人間らしく生活できる。ニンニクも特に害をなさず、平気で食べられる。


 ただ十字架だけは本当に苦手で、見るとゾッとなり、近寄りたくないという感覚に陥る。なかでも讃美歌は最悪だった。


 数回前の高校生活を送ったとき、教会で聞かされた讃美歌に具合を悪くし、丸一日寝込んでしまった。


 あれは本当に地獄だったなぁ、と嘆息がもれた。


 明日から夏休みだ。毎朝の通学が無くなれば、白翔にも会わずに済む。


 この長期休みを利用して、自分の気持ちを元の状態に戻そうと密かに決意していた。


 白翔以外の男で、普通に飲める相手をまた探さなければ。無意識に視線が下がり、机上を見つめる。キュッと下唇を噛んだ。


 極上のひと口を知ってからというもの、吸血の時間を苦痛に感じていた。


 誰の血を飲んでも異臭が混ざり、美味しさを求めるにはほど遠い。だからせめて、普通に飲み込める相手だけでも見つけなければいけない。


 そしてもし見つかれば、その時はいっそのことペットにでもしようと考えていた。


 *


「深緋っ!」


 教室で数人のクラスメイトに手を振り、昇降口へ向かっていると、靴箱の前で白翔に肩を掴まれた。


「なによ、白翔部活でしょ? 早く行ったら?」


 言いながら彼の手をサッと払い除けた。


 殊のほか白翔を意識しているのは、自分でも分かっていた。だから余計に言動がキツくなってしまう。


「……そうだけど。その前に話あるんだって」


 靴箱の蓋を開けようとして、しばし動きが止まる。


 そう言えば。教室でも同じこと言ってたような……?


「なに? 今聞くから話して」


 チラッと白翔を見上げると、彼は嬉しそうに笑い、「あのさ」と話し始めた。


「来週の土曜日、二十九日なんだけど。西校の体育館で練習試合があるんだ。だからその応援に来て欲しい」

「私が……?」

「そっ、深緋に見て貰いたい」


 彼の言う西校は、隣り町の高校だ。他校で練習試合がある、と前にも聞いていた。少し考えたのち、思ったことを伝える。


「私が応援しなくても、白翔なら大丈夫だよ。バスケ上手いし」

「そういう問題じゃなくて。深緋に来て欲しい。夏休みも会いたい」


 真剣な白翔の瞳に、どこかふわふわとした気持ちになり、落ち着かなくなる。頬がわずかに紅潮した。


 相変わらず、直球で来るなぁ……。


 なにかしら理由を付けて断ろうとも思ったが、この場ではとりあえず了承することにした。そうしなければ帰らせてもらえないと思った。


「分かった。考えとく」

「おう、また前日にでも時間知らせに行くな?」

「……うん」


 深緋たちのやり取りをチラ見して、部活のない生徒が何人か靴を履き替え通り過ぎていく。なかでも女子のグループは、コソコソと内緒話をするように、二人を振り返って見ていた。


 白翔の相手をやめてすぐにでも帰ろうと思った。せっかく夏休みに入るのだ、これ以上白翔に関わるのはやめよう、教室でもそう決意したばかりではないか。

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吸血少女はハニーブラッドをご所望です 真ケ部 まのん @haruhi516

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