3.

 保健体育の授業でも思春期の異性に対する気持ちとやらを何度も反復して習っている。


 本音を言えば、白翔と


 血以外に提供することを経験してみたいし、気持ちを自覚してからというもの、白翔への恋慕が日増しに膨らんでいたからだ。


 好きと伝えられないと、余計にその気持ちが増えていく。


 だけどまだ死にたくはない。恋をした吸血鬼の末路は、相手の寿命に付き従った“死”だ。


 半袖ブラウスの奥で揺れるロケットペンダントを、ギュッと握り締める。


 亡くなった母のことを何ひとつ知れていないのに、まだ“かわいそうな女の子”にはなりたくない、そう思っていた。


 *


「おっ、この間言ってた通り魔捕まったって!」


 夏休み前日の終業式が体育館で行われ教室へ戻ると、スマホ片手に男子が何人かで寄り集まってそんな会話をしていた。ネットニュースだ。実のところ、深緋自身も気になっていた。


「犯人は篠塚容疑者、45歳、無職……現場を取り押さえられてあえなく逮捕……凶器となったアイスピックから三件続いた犯行の自供を促すが、その内の一件に関しては否認している、だってさ?」

「へ〜ぇ。ってかさ、大体犯罪おかす奴って無職のオッサンが多くね?」

「確かに!」


 自分の席に座りながら耳をそば立て、深緋は眉をひそめた。


 シノヅカ? 犯人は織田おりたじゃないの? 


 そう考えたところでハッとする。違う、と即座に否定した。


 深緋があの夜会った織田将吾は連続殺人犯だ。逮捕されたくだんの通り魔と同じく、織田もアイスピックを持ってはいたけれど、犯行内容はまるで別物。


 机上で両手を組み、思わず眉間にシワが寄る。


 そもそも、あの男は何故アイスピックを持ち歩いていたのだろう。深緋を刺したあの夜、織田はこう言っていた。


 ーー「本当はさぁ、コンビニに向かった女の子の行確をしてたんだけど」


 行確。つまりは行動確認。服装も特に怪しさのない普段着だったし、単純に女性を尾行して生活パターンを探っていただけ。だとすれば、犯行は後日と決めていた可能性も……。


 じゃあアイスピックは?


 織田がどんな方法で女性を誘って殺害しているのかは分からない。でも少なくとも、アイスピックがこの辺りに出没する通り魔の凶器、というのは知っていたんじゃないか?


 深緋は振り返り、後方のロッカー付近でやいやいと駄弁る男子たちを、見るとはなしに見つめた。


 通り魔が使っていた凶器だから、織田はそれを真似した。おそらくはそうだろう。


 今のところ連続殺人犯が捕まったという報道はされていないから、織田はいまだに野放しだ。


 アイツ……やっぱり警察が来る前に逃げたんだ。


 深緋が前を向くと同時に、後方から男子の囁き声が聞こえた。


「……な、朝比奈。いま俺のこと見てなかった?」

「えぇ? そうかぁ?」

「振り返ってこっち見てたって。なんだろ?」


 特別、彼らを見ていたわけではないので、少し居た堪れなくなる。


 深緋は頬杖をつき、ため息まじりにやり過ごすことにした。


「朝比奈は。でもアレだろ……白翔」


 その名前にドキッと心臓が跳ね上がった。


「シッ……! 本人来たっ」


 え。


「深緋」


 すぐそばに立つ白翔を思わず見上げてしまう。いつもならいちいち目を合わせることもないのに、全くもって自分らしくない。


「なに?」


 素っ気なく答え、深緋は目を逸らした。


「明日から夏休みじゃん? それでちょっと。話、あるんだけど」


 それは今じゃなきゃだめなんだろうか? 出来れば教室では話し掛けないで欲しい。


「お〜い、みんな席つけよー! ホームルーム始めるぞーっ!」


 丁度良いタイミングで担任教師が現れる。教壇に立つ彼を見て、白翔は何も言わずそのまま自分の席へと歩いて行った。思わず胸を撫で下ろす。

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