第23話 お別れは親友と悪役令嬢と

「イシュカ・ヴィーダ、私がここに来たのは、あなたに問いただしたいことがあるからです!」

「またフルネーム」

「そんっなことはどうでもよろしい!」

「ついでに今日も絶好調に横暴。あとうるさい。……アエラぁ、なんでこの人誘ったの」

「率直! 無礼にもほどがあ――」

「誘っておりません。気づいたら、勝手についてきていましたの」

「アエラ・エクシムっ! あなたもなの……!?」

「二人以上に無礼な扱いを受けていると感じる時は、まずご自身を顧みるべきではなくて?」

「う。……うぅ」

 このフレイヤ・テネブリスを黙らすことのできる親友を、イシュカは尊敬の目で見つめた。


 夏季休暇も終わろうという今、イシュカはずっと見舞いを打診してくれていたアエラの訪問をようやく受けている。なぜかフレイヤ・テネブリスも一緒に。

 お茶を囲んで、体の具合やお互いの近況について一通り話した後、イシュカが告げようか迷っていた話題にアエラが触れた。


「イシュカ、母からあなたが学園をやめると聞きました。フレイヤさまはそのことを仰りたいのです。そして私も」

「そうですっ、退学ってどういうことなんですの!」

「どうと言われても……まんま?」

「説明になってません! ……やっぱり探査試験のことが問題になったの? 私、ちゃんとあなたが遺跡の異常に気付いたって、私を、みんなを逃がしてくれたって話したのよ……?」

 今まで見たことがないほど顔を曇らせているアエラの後を、怒りを露わにしたフレイヤが受けた。そして、見る間にしおれていく。

 イシュカは思わずアエラと顔を見合わせ、そろって苦笑を零した。


「探査試験は関係ないよ。父さんが仕事でセルーニャ国に長期滞在できることになったの。それにくっついていきたくて」

「……セルーニャに留学したがっていらっしゃいましたものね」

「でも、でも、退学しなくたって……」

「向こうの召喚学校に直接編入試験を申し込んでみるのも面白そうだなと思って。だって、セルーニャだよ? 中々入れない国なんだもの、すごく楽しみ! 水が合うようならずっとあっちにいたっていいし」

「……」

「……」

 そう言ってにこにこと笑ってみせれば、アエラは今度は珍客フレイヤと顔を見合わせた。いつの間にそんなに仲良く……と思わないではいられない。


「それはラグナルさまが関係してのことですか」

「っ」

 アエラの鋭い指摘に、イシュカは息を止めた。

 その通りだ。イシュカはラグナルの足を引っ張る。

 彼はものすごくいい人で、イシュカを助けようと、危険な目に遭うことをものともしない。考えの足りないイシュカに代わって、色んな負担を引き受けようとしてくれる。多分今もそうだ。

 これ以上、彼の側にいれば、いつか取り返しのつかないことになるのではないか――それが怖い。


「やっぱり嘘なんでしょう、ラグナルさまがあの炎の魔人を封じたという話。だって、あの時あなた、何とかできそうだと仰っていたわ。その後、湖の方角にあの石と同じ霊力を感じた――イシュカ・ヴィーダ、あなたがやったのでは?」

「……水竜と火竜が同時にいたからじゃない? ほら、あの陣で置き換えられてた石だってそうだったでしょ? 混ざった感じがしちゃうんだよ」

「なぜかばうの! あなたの手柄は全部ラグナルさまにいってしまったわ。そのせいで学園の女子どころか、今や国中のお相手のいない女子の注目の的よ!? いつお伺いしても必ず誰かが側にいて、この間なんて第一王女殿下が、」

「そのお話はいらなくてよ、フレイヤさん?」

「なんでよ? だって、ラグナルさまはそのくせヴィーダ家には見舞いに来てないって、」

「――フレイヤ・テネブリス」

 アエラから目の笑っていない笑顔で呼び捨てにされ、フレイヤがまた口を噤んだ。あのフレイヤが、だ。やはりアエラは怖い。


 それからイシュカは苦く笑った。

「いいよ、二人とも気を使ってくれなくて。フレイヤさまが言っていた通り、ラグナルと一緒にいるの、私には無理なんだと思う、釣り合いがとれてなさすぎて」

 召喚士としての格でも身分でも見た目でもない――イシュカといると、ラグナルはそのしりぬぐいで、ひどい目に遭ってしまう。一方的に助けられるだけの関係は、釣り合っていない以外の何物でもないだろう。

「そんなの、なんで今更気にするのよ……」

「いや、ずっと気にしてたよ? だってフレイヤさま、ずっとそう言ってたじゃん」

「ぐ……で、でも諦めてなかったでしょ? ずっと目で追ってたでしょ?」

「なんで知ってるの」

「ずっと見ていたからよ! 今更あきらめるなんて、あなたらしくないでしょう、ゴのつく台所の虫みたいにしぶといのが取り柄じゃない!」

「ひど! 最大級!!」

 うんざりとした顔をしたアエラが、「さすがにその表現はひどくてよ?」とフレイヤを半眼でたしなめた。


「というか、フレイヤさまはガードルードさまのことをお慕いしていたのでは? それはもういいんですの? ライバルのイシュカさんが退学するのですから、お喜びになればよろしいのに」

「もういいの。イシュカ・ヴィーダのお手柄を全部取ってしまわれるなんて、わたくし、ラグナルさまを見損ないました」

「それ、多分誤解……」

「だとしても別に。彼に憧れていたのは、彼が私の闇の精霊を怖がらなかったからだもの。それもどうせイシュカ・ヴィーダ、あなたの影響でしょ」

 フレイヤはふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。彼女の艶々の黒髪がその動きに合わせてさらっと広がる。


「だから、退学、取り消しなさいっ」

「い・や・だ! セルーニャの大自然と精霊たちが私を待ってる!」

「この頑固者! 精霊馬鹿! 大体、あなた、誰にも言わずにいなくなる気だったでしょう!」

「それについては私も伺いたいですわ」

「…………手紙は書くつもりでいたよ?」

 フレイヤと勢いよく言い合っていたイシュカは、アエラの責める視線に、しょぼんと肩を落とした。

「この国は別にいいけど、アエラと別れるのは悲しくて、顔見ちゃうと決意が鈍りそうだったから。さよならなんて口にしたら泣きそうだし……あ、今ヤバい」

 ずずっと洟をすすれば、ハンカチが差し出された。顔を上げれば、アエラが苦笑している。

「私は……?」

「いや、惜しむような間柄じゃなかったよね? むしろせいせい?」

「表現!」

「と思ってたけど、やっぱりちょっと寂しいとは思った。島で話して、フレイヤさまも面白いって思ったし」

「微妙に無礼よ! でも…………寂しがってくれたこと、嬉しく思わないわけじゃないわ」

「なんで泣く」

「な、泣いてないわよ、鼻水たらしてるあなたと一緒にしないで」

「やだ、この人めんどくさい」

 そう言ってアエラを見れば、彼女は声を立てて吹き出した。それを合図に、三人でなぜか笑い転げた。

 楽しい気配を感じてか、アエラの祓霊気質と見知らぬフレイヤを警戒していた妖精たちが、窓の外からこっそりこっちをうかがっている。


 母が家事妖精のシルキーと一緒に焼いたという、ブドウのタルトを持ってきてくれた。

「淑女の嗜みですから」

 フレイヤが微妙に得意げに、お茶を入れ直してくれて、三人でそれを囲む。

 ひとしきり喉を潤した後、アエラがカップをソーサーに戻し、イシュカに向き直った。

「ねえ、イシュカさん、学園をやめることとセルーニャに行くこと、ラグナルさまにも内緒になさっているのでしょう。色々あるのでしょうけれど、一度お話しすべきだと私は思います」

 ピンク色の唇は、こうやっていつもイシュカの逡巡を鋭く突いてくる。厳しいけど、その後ろにあるのがイシュカへの思いやりだということもよく知っている。

「だって、話したらラグナルのことだし、絶対に気にしなくていいっていうもん。それは余計辛いんだよ……」

「……」

「……」

 そう情けなく零せば、同じくらい情けない顔をして、またアエラとフレイヤが顔を見合わせた。


「というか、学園には内緒にしてもらってたのに、なんでアエラ、知ってたの?」

「……その様子では、なぜあなたたちヴィーダが出国できることになったのか、ご存じないのですね」

 そうため息をついて口を開いたアエラは、思い直したかのようにその美しい唇を閉じた。

「まあ、いいですわ。それもいずれなんとかなさるおつもりでしょうから」

「なんとかする? ……誰が何を?」

 目を瞬かせたイシュカに、意味深ににっこり笑う――こうなったアエラが何を言われようとも口を割らないことを知っているイシュカは、口をとがらせて諦めた。



「それにしても明後日出発ですって? 随分と急ですね」

「そう、そうなのっ、セルーニャの北の森に『バジリスク』が出たんだってっ。それで父さんと荷物も何もいらないから、さっさと行こうって。母さんまた激怒だけど」

「『バジリスク』って毒と石化能力を持つ、あの蛇……? っ、そんっな理由でお別れもしないで行く気だったわけ!? 親子そろって精霊馬鹿なんですの!?」

「そこで疑問形になるとはまだまだイシュカさんへの理解が足りませんねえ。私とのお別れの挨拶ぐらいちゃんとしなさいとは、やっぱり思いますけれど」

「私との挨拶も!」

「……」

 この二人、微妙に息が合っている気がする、とイシュカは目をまん丸くした後、吹き出した。

 セルーニャに行くのは楽しみだし、ラグナルから離れる必要があるというのも分かっている。だが、アエラと別れなくてはならないのはやはりさみしい。それから、フレイヤとも。


「明後日には学園が始まるから、お見送りには伺えませんね……」

「だね。また手紙書くね、アエラ」

「イシュカ・ヴィーダ!」

「だからなんでフルネーム」

「あ、あなたに名前で呼んでいいと言われていないからよ」

「へ? ……じゃあ、イシュカでいいです?」

「……イ、イシュカさん」

「いや、さん付けもいらない」

「イ、イイイイイイイイシュカ」

「……なにこの人かわいい」

「ねえ、意外でしたわ」

「か、かかかかかわいい……?」

 人の名をただ呼んで真っ赤になった黒髪の少女を思わず指さして、その横のアエラを見れば、彼女は「フレイヤにも手紙を書いて差し上げて。きっと大事に大事にしてくれるわ」ところころと笑った。

「よ、よよよよよびす……し、仕方がないわね、エクシムじょ……ア、アエラ?だけというのも不平等ですから、あなたもわたくしを呼び捨てにしてよろしくてよ、イ、イシュカ」

「……お手紙も書いてよろしい?」

「し、仕方がありませんから! わ、わたくしもお返事を書いて差し上げないこともありません、礼儀ですから!」

「……どうしよう、アエラ、私、この人もっと見てたいかも」

「まあ、イシュカさんが幻獣以外に興味を持つなんて……フレイヤさまはさしずめ珍獣かしら」

「言葉!」

 そうして笑い合って、イシュカは生涯の親友となる二人との一時の別れを迎えた。


 その二日後の早朝、イシュカは隣国セルーニャに向けて出国する。


 同日、ラグナル・ガードルードは王立召喚学園を退学した。そして、ボガーレ王国第二王子の守り役となる。

 さらに半年後、そのボガーレ王国第二王子の婚約が発表された。相手はイシュカ・ヴィーダ子爵令嬢。

 セルーニャ国でバジリスクに石化された父を何とかしようと奔走する当人が、その事実を知るのは、まだまだ先のこと――。





(一部完)

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界境守りの落ち零れ召喚士と炎の幻獣使い ユキノト @yukinoto

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