君の光が照らす未来

 秋の訪れとともに、山の樹々が一斉に葉を落としていく。

 山間の小さな谷では、全国各地から避難してきた人々が寄り集まって暮らしていた。まだ家らしい家は建っておらず、小さな難民村では遊牧民たちの持ち込んだ大きな天幕テントが彼らの住まいだ。


ホマレくん、良かったらこれ食べてね」


郁恵イクエさん、いつもありがとうございます」


 いつもおかずを差し入れてくれる白岩族の女性は、政府の爆撃で家族を全て失ったそうだ。そのせいか、ホマレたちを我が子のように可愛がってくれる。


「いいのよ。あなたたちが喜んで食べてくれると、また家族ができたみたいで嬉しいわ」


「では遠慮なく」


「そろそろお兄さんたちも帰って来るでしょう? 今日も何事もないといいけど」


「兄たちなら、何があってもきっと平気です」


 ハガネハルカはこの難民村に来てすぐに反政府軍の一員となった。政府軍が難民村を襲って来ないか、山の中を日夜見回っている。

 ついでに食料となる木の実や獲物を持ち帰るので、難民たちからは一目置かれているようだ。


「故郷を出る時は、なぜ私だけ生き残ってしまったのかと思ったの。でも、こうしてあなたたちといると、生き延びられて良かったと思うわ」


「ええ、本当に」


 少し哀し気な郁恵イクエの微笑に、ホマレも曖昧な微笑を返す。


「そろそろ兄が帰るので、様子を見てきますね」


 ホマレは軽く会釈をして天幕を出ると天をふり仰いだ。


「家族、か……」


 かつても見た降るような星空に、今は亡き家族を想う。

 厳しくも優しい父の眼差し、姉たちや弟の笑顔、甘えてくる羊たち、草原を照らす銀の月……美しい想い出の数々は、遠い先祖から連綿と受け継がれてきた部族の暮らしそのものだ。

 そして、自分たちを「家族」と呼んでくれる郁恵イクエハルカの温もり。生まれ育った部族は違えど、寄り添いあえる安らぎは何物にも代えがたい。


「父さん、母さん、みんな……俺たち、新しい家族と新しい部族を作るよ。そしていつか、みんなの故郷を取り戻す」


 目の前に広がる茫漠たる未来は、暗い夜の闇を手探りで進むようなものだ。

 それでも夜の闇を月が、星々が照らすように……愛する者たちがくれたささやかな心の光が、進みゆく道を明るく照らしてくれるだろう。

 そして、いつの日か、あの懐かしい草原へと還るその時まで。どんなに悩んでも迷っても、決して留まることなく歩み続けてゆく。

 それが、自分たちが彼らに捧げることの出来る唯一の誓いだ。


「今帰ったぞ」


 月明りに照らされて、手を振るハガネハルカの影。


「お帰りなさい」


 ホマレは手を振り返し、一歩足を踏み出した。

 新しい家族と共に歩む、再生への道を。

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砕けた月 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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