エピローグ

あとがき


 まず最初に、この小説の読者には断っておかねばいけないことがある。それは、この小説が世に発表されたときには、もうその著者はこの世にはいないということだ。


 ここにあとがきを記している私は、あくまでも病床に伏していた彼女がこの小説を書きあげることができるようにサポートしただけの人間であり、本来の著者ではないということを読者の皆様にはご理解いただきたい。


 本書の執筆は、彼女が病に倒れてから一ヵ月の時を置いて開始された。苦しい闘病生活に入退院を繰り返しながらも、彼女は非常に強い意欲を持って執筆活動に取り組んでいた。


 私は時折彼女から原稿の内容を見て欲しいと頼まれたが、普段小説を読むような質ではない私は、その度に困らされてしまったものだった。原稿は順調に進み、その字数はワープロソフト上で五万字を超えていた。


 しかし、現実は残酷だった。彼女は原稿の執筆をしている時に再び病に倒れ、病院に緊急搬送された。そしてそこで余命三カ月の宣告を受けることになる。


 その時の彼女の落胆ぶりを表現するには私の文才では心許ないと言わざるを得ない。私がここに記せることがあるとすれば、彼女がしばらくの間食事もまともに摂ろうとしなかったという事実だけだ。


 さて、彼女が緊急搬送されてから一カ月が経とうとしていたころだっただろうか。私は再び彼女の口から小説を完成させたいと聞かされ、私はそれに対して惜しみない協力を申し出た。何が彼女の心に再び火をつけたのかはわからない。しかしそれは私にとっては非常に喜ばしい出来事だった。


 それからの事の進みは非常に迅速だった。私は必要な道具を病院まで届け、彼女は病室で執筆活動に没頭した。病院側の都合でノートパソコンやその類の機器の持ち込みが制限されていたので、彼女は自らの手で原稿用紙の上に小説を書くことを選んだ。


 私は頻繁に彼女に原稿用紙を届けに行ったが、ときには看護師からもう彼女に原稿用紙を与えないでくださいと言われたことさえあった。もちろん、私は聞く耳を持たなかった。


 そして余命宣告から約四カ月後、遂にこの小説は完成した。病床の彼女は病に侵されやつれ切ってしまっていたが、それでも彼女の小説を完成させたいという熱意は、彼女を余命より一ヵ月も長く生き長らえさせていた。


 しかし、この小説にはタイトルがなかった。原稿の一番最初の行は空白のままで、何かを書いて消した跡すらない。そこで、私は彼女にこの小説のタイトルはどうするのかと尋ねた。すると、彼女は病魔を吹き飛ばすかのように悪戯っぽく笑ってこう言った。



 転生なんかクソくらえ――と。



 それから一週間の後、彼女はこの世を旅立った。


 以上がこの小説ができた経緯のあらましだ。私は今、自室でこの文章をしたためながら、明日にでも彼女の墓に小説発表の旨を報告しようと思っている。予定より随分と報告が遅くなったことはその時に詫びなければなるまい。


 ところで、私には一つだけわからないことがある。


 実は彼女が原稿を執筆している最中に私は一度だけ生意気にも「ここはこういう表現の方が良いのではないか」と意見したことがあったのだが、それに対する彼女の回答は次のようなものだった。


「その字は単体ではあまり使いたくないの。だって、正体が全然わからないんだもの」


 私がその時どんな文章に対し、どんな表現を提示したのかは恥ずかしながら全く覚えていない。ただ彼女のその一言だけは、私の記憶に鮮明に刻まれている。


 もしかすると、私にわからなかったこの小説に込められた意図というものを――つまり彼女の思いを、どこかで誰かが受け取ってくれる日がいつか来るのかもしれない。私はそんな淡い期待の中で、この小説の発表を見守りたいと思っている。


 さて、そろそろ私の駄文で読者のお目汚しをするのは終わりにしようと思う。最後に、この小説が自身のことを不幸だと思っている人たちに届き、光に背を向けない生き方をするための一助になることを、私は心から願っている。



 あとがき著 久々利 新星

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転生なんかクソくらえ ツクリ オチヒト @TsukuriOchihito

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