第8話  ナオコ 2



 二年生の四月。

 じゃんけんで負けたから、風紀委員になった。


 昔からじゃんけんには弱い。

 ここぞというときにはいつも負ける。お姉ちゃんや妹とのおやつ争奪じゃんけんにも負ける。


 でもさ、これはないよね。


 風紀委員になっちゃったら、服装検査のある日は、いつもよりも一時間も早く登校しなくちゃならない。

 貴重な睡眠時間も削られるし。しかも二週間に一度。

 ……ないわぁ。




 なんでわたしだけグーをだしたんだろう。

 あれは絶対に陰謀だと今でも思ってる。きっとみんなで示し合わせたに違いない。


 「絶対に陰謀だよー。罠だよ。罠」


 ナチとサチは、またおんなじことを言ってるよっていう表情かお

 でもさ、そりゃあ、言いたくもなるでしょ? 

 二週間に一度だよ?


 「そんなワケないじゃん」


 呆れたようにナチが言う。


 「じゃあ、ナチが代わってよ。カシワギが風紀にいるからちょうどいいでしょぉ?」


 「えぇ? それはやだよ。めんどくさい」


 本当にイヤそうに眉間にしわが寄る。

 カシワギを好きなら代わってほしいよ。いっそ委員ごと。


 「じゃあ、サチ」


 「カシワギには興味ない」


 さらっと流された。


 「あぁ、友だちがいがないなぁもう。本当にやだぁ」


 机に突っ伏して唸るも、きっと明日も一時間前には登校して、校門に立つんだろうなあ。

 根が真面目だしね。


 「そういえば、ナチはピアスはどうなった?」


 机から顔を上げて訊く。


 サチからの誕生日プレゼントは小粒のパールのピアス。わたしからはナチが欲しがっていたコスメ。


 「大丈夫そう。明日はサチにもらったパールをつけてくる」


 ナチは笑いながら、そう答えた。




***




 美術の課題が終わらなかった。

 だいたい、画家になるわけじゃないんだから、絵の具を塗ってない箇所があったっていいじゃん。

 そう言ったら、サチにそれはダメでしょと諭された。

 同じことを美術の先生にも言われたんだけどね。


 ナチには、待ってるから仕上げてきなよと、美術室へと送り出された。


 放課後に美術部がイーゼルにキャンバスを置いて油絵を描いている隅に混じって、塗り残した白地をひたすらに塗る。


 それを見ていた美術部の先輩に、塗るんじゃなくて絵の具を置いていくようにしたほうがいいよ。と、教えてもらったけど。塗ると置くの違いがよくわからなかった。

 たぶん、絵画的センスというものが致命的にないんだろうな。


 なんとか仕上げた風景画のキャンバスを棚の隅に立てかけて、デイパックをとりに教室へともどる。


 スマートフォンにメッセージがきてる。

 端っこの空き教室にいるとあった。


 廊下側の窓から声をかけようとして、とまる。


 たぶん、ふたりは気がついていない。

 ナチは寝転がっていたし、サチは……。


 サチの髪の毛が陽に透けていて、やっぱりブラッドオレンジの果汁の色だと思った。


 窓から教室のなかを見ていることしかできなかった。

 だんだんと沈んでゆくサチの顔。


 なんだか、見てはいけないものを見てしまったように思えた。

 だけど、目が逸らせなかった。

 サチの髪の色がキレイで。

 ナチの伸ばした腕が白くて。


 わたしは勘がよくて、空気が読める。


 たぶん、ナチだって……知らないわけじゃない。





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