第10話 真朱を侵す怪奇(4)

 紺鉄たちは保健室を出て、昇降口へと向かった。

 賢木が真朱の手を引いて歩き、その後ろを紺鉄、さらにその後を斗鈴がついて歩く。



 夜の校内には文化祭の準備をしている生徒がまだまだ大勢残っているが、帰宅したものも多い。

 いまの校内は、だれもいない暗闇の中に人間たちの場所がぽつりぽつりと浮かんでいるような状態だ。



 紺鉄はぼんやり賢木について行っていたが、ふと、自分たちが人気のない場所を歩いていることに気がついた。

 昇降口へも少々遠回りだ。



「なんでこのルートなんだ?」



「いまの真朱を、他の連中に見せたくないのよ」



 紺鉄の疑問に、賢木は振り返らず答えた。

 紺鉄たちは誰ともすれ違うことなしに昇降口に着いた。

 蛍光色の無機質な薄明るさのしたで靴を履き替え、校舎を出ると、賢木が言った。



「じゃあ、わたしたちはこっちだから」



 賢木は正門とは別の、西門を指さしている。

 みなで正門から出ても道のりは大して変わらないのだが、どうやら二人きりにさせろということらしい。



「へいへい」



 紺鉄は賢木と真朱にひらひらと手をふり、二人と別れた。

 別れ際、真朱がちらりと紺鉄に視線を向けたが、何も言わずに賢木とともに西門から行ってしまう。



 紺鉄はため息をついて、よたよたと正門へと歩き出す。

 少し歩いて、傍らに斗鈴がいないのに気がついた。

 斗鈴は昇降口の前に立ち止まったまま、じっと賢木が消えた西門を見ていた。



「おーい、どうしたー?」



 紺鉄が呼んでも、斗鈴はじっと西門を見たままだ。



「?」



 紺鉄はくるりと踵を返して、斗鈴のところへ戻ろうとする。

 


 そのときだ。



 ドシャ。



 紺鉄のすぐ後ろに、重量のある何かが落ちた。

 


 慌てて振り返る。

 足元は校舎や街灯の光が届かない暗い平面。 

 その暗がりの中に、さらにくろぐろとした塊が横たわっている。

 大きさは人一人分。



 嫌な予感で鳥肌たちながら、紺鉄はスマホのライトを足元暗がりへと向ける。

 LEDの白い光の中に、髪の長い制服姿の女子が、うつ伏せで、手足を歪に曲げて倒れていた。

 一瞬、その姿が中務白月に見え、紺鉄は声を上げそうになる。



 だが、どこか違和感がある。

 紺鉄はじっと倒れている女子を見下ろす。

 そして無造作に、蹴るようにして女子の顔を横に向けた。



 その女子には顔がなかった。

 顔面はなにかで削られたようで、下から樹脂の素地が見えていた。

 女子だと思ったのは、ただの人形だった。

 紺鉄の肩からどっと力が抜ける。



「たちの悪いイタズラだな」



 悪態をつきつつ、紺鉄は人形をどけようとした。

 だが抱えあげることができない。

 抱えあげるどころか引きずるのも精一杯なほどに、その人形は重かった。

 こんなものが頭に落ちていたら……。

 そう考えて紺鉄はゾッとした。



 あのとき、たまたま斗鈴がなにかに気を取られたから、紺鉄は踵を返した。

 もしそのまま歩いていれば、この激重の人形は紺鉄を直撃していただろう。

 そうすれば、いまの紺鉄は消えてしまっていた。



 紺鉄は校舎を見上げた。

 校舎は4階建て。

 どの教室にも灯りはついておらず、窓もすべて閉まっている。

 その上の屋上は暗くてよく見えない。



 誰がこのマネキンを落としたのか。

 紺鉄を狙ったのか。

 それともたまたまか。



 いまから犯人を追いかけるか?

 いや、いまも校内には多数の生徒が残っている。

 その中から犯人を特定するのは無理だ。

 


 目撃者はいないか?

 紺鉄は思いついて、スマホで小鹿御狩にメッセージを送った。

 返事はすぐに帰ってきた。



― 真朱さんが帰宅した後の学校には用がない。だから見ていない。―



「そりゃそうだ」



 紺鉄は御狩に礼を返して、スマホをポケットに突っ込む。

 


 一体なにがなんなんだ?



 なぜ屋上に真朱の血が撒かれたのか?

 なぜ真朱の首に、絞められたような痣が?

 真朱の左目はどこへ?

 真朱の目に巣食ってる虫は一体?

 誰が人形を落とした?



 紺鉄は目をつむり、立ちつくす。

 目をつむると、瞼の裏で中務白月が青く燃えている。

 白月が焼ける音と、熱と、臭いが、無力な紺鉄を苛む。



 後ろからついついと袖が引っ張られた。

 振り返ると、斗鈴が真っ黒な瞳を黒く光らせて、じっと紺鉄を覗き込んでいる。



「食べていい?」



「……だめ」



「私が食べたら簡単なのに」



 紺鉄はキョトンと斗鈴を見つめた。

 斗鈴がこんな事を言うのは珍しい。

 紺鉄はふっと笑うと、斗鈴のつややかな黒髪をくしゃくしゃにして撫でた。



「なにするのよ!」



「そんな気を使うな。こいつもあるしな」



 紺鉄は腰に下げた日本刀の柄をこつんと叩いて、ハハハと笑う。そして校舎に背を向けて斗鈴と並んで家路についた。

 

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