第11話 幽霊からの手紙(1)

 放課後の職員玄関は、相変わらず薄暗く、喧騒が遠く静かで、不気味だった。



 紺鉄がやってくると、どこかで見ていたかのように、ピンク電話がジリリリンと鳴った。

 あたりを見回すも、人に見られている気配ない。

 電話の裏には電話機の裏には紅茶のペットボトルと、チョコパイの包が2つづつ用意してある。

 ペットボトルは温かい。



 どうしようもない気味悪さを覚えながら、紺鉄は受話器を取る。

 受話器の向こうのみづちは、「耳を澄ませていればどうということないよ」と事も無げに言った。

 この人こわい。



「虫?」



「ええ、血走った人間のような一つ目を持った虫です」



 紺鉄は、昨日瀬田真朱の眼窩に巣食っていた淡く青く光る一つ目の虫について報告した。

 一つ目の虫は、真朱の顔だけではなく、学校の至る所にのたくっていた。

 今日だけでざっと千はみつけただろうか。



 だが瀬田も他の生徒達も、一つ目の虫に気がついていない。

 紺鉄も、昨日真朱の左目を見るまでは、虫の存在に気がついていなかった。

 斗鈴も気がついていなかったが、紺鉄が指さして教えると見えるようになった。



「その虫は何をしているのかな?」



「なにか観察しているのか、もしくは探しているのか」



「つまり覗きか。下卑た趣味だね」



 みづちは心底軽蔑した声だった。

 紺鉄は「あなたが言うな」という言葉をぐっと飲み込む。



「その虫は、そこらにまんべんなくいるのかな?」



「そうですね……」



 紺鉄は斗鈴の他に誰もない職員玄関を見回すが、一つ目の虫は見当たらない。



「俺たちの教室にはやたらいたんですけど」



 しばらくサーという白砂のようなノイズだけが聞こえていたが、やがてみづちが聞いてきた。



「そいつらの分布がもうすこしわかれば、狙いもわかるんだろうけど、見えないことにはどうしようもないね」



「教えましょうか、見つけ方?」



「え?」



 そのとき初めて、紺鉄は青淵みづちの素の声を聞いた気がした。



「コツをつかめば簡単ですよ」



「それは興味深いね。でも私は目に見えるものはあまり信用しないんだ」



 でしょうね、と言いたいのを紺鉄はぐっと腹に収めた。



「そういえば、昨日も出たらしいね」



「なにがですか?」



「中務白月の幽霊だよ」



 紺鉄の顔に影が差す。



「それ確かなんですか?」



「目撃者は中務白月に間違いないと断言していたよ。

 長い黒髪の女子生徒がぼうっと廊下から窓の外を眺めてたらしい。

 あんな女子は中務白月いがいに考えられないって」



「場所は?」



「旧校舎の4階。昇降口の真上あたり。時間は昨日夜の7時すぎだそうだ」



「昇降口の上……」 



 紺鉄の上にマネキンが落とされた場所と時間に近い。



「どうしたんだい?怖い顔をして」



 電話の向こうから笑いの含んだ声。

 紺鉄は思わずあたりを見てしまう。

 だがカメラも一つ目の虫も見当たらない。

 紺鉄は顔をゴシゴシとマッサージする。



「いや、なんでも」 



「そうかい。報告ありがとう。また頼むよ。

 ああ、くれぐれも深く突っ込んでくれるなよ」



 そう釘を差して、青淵みづちは電話切った。



 紺鉄は2つのことを、わざとみづちに報告しなかった。

 一つは、昨夜何者かに激重のマネキンを落とされたこと。

 もう一つは、真朱の左目がなくなっていること。



 とくに、真朱の左目の話は深刻だった。

 紺鉄には、真朱の目に巣食っていた虫に見覚えがあった。

 というよりも、瞼の裏に焼き付いてしまっている。

 あれは白月の死に関わっている。

 だから青淵にもすべてを話さなかった。



 一つ目の虫の密度が一番高いのは、間違いなく真朱の左目の中だ。

 虫たちは真朱のまわりの何かを見ている。もしくは探している。

 真朱の左目の行方と、虫の密度の偏り。

 自然に起きたことでない。

 何者かが真朱の目を奪い、虫を放ったのだ。

 だがなんのために?



 調べれば調べるほど、ことはオカルトじみてくる。

 中務白月の存在感が増してくる。

 このままだと、青淵の危惧があたるかもしれない。



「中務白月……」



 紺鉄は自問する。

 また白月に出会うようなことがあれば、自分はまともでいられるだろうか?

 青淵の言う通り、心の闇のそこに沈めるほうがいいのではないか。

 


 今も紺鉄のまぶたの裏で、白月は青く燃えている。

 この光と、音と、熱と、臭いは延々と紺鉄を苛み続けている。

 それは虚ろな紺鉄の生きているという実感でもある。

 もし燃える白月が消えてしまえば……。 



 紺鉄はため息を付いて受話器を置く。

 みると、紺鉄の肩にまた一つ目の虫がくっついていた。

 どうやらこいつらは紺鉄にも興味があるらしい。

 紺鉄は腰に下げた日本刀に手をかけた。

 柄を握り、スッと鯉口を切る。



 キン……。



 納刀とともに澄んだ金属音が職員玄関のホールに広がった。

 すると紺鉄の足元に、一つ目の虫が数匹ぽとぽと落ちて、消えた。



「その音キライ」



 斗鈴は両手でしっかり耳をふさいだ格好で紺鉄を睨んでいた。



「悪い」



 紺鉄は斗鈴の頭を撫でると、ペットボトルとチョコパイの包をもって職員玄関を後にした。

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