第3話



「あな……神様が笑うと桜が咲いて、皆笑顔になるの…!」


『そうか』


 私の叫びを聞いた貴方──神様は掴まれた腕を見据えたまま、口の中で溶かした。その瞬間。


「っ……!」


 さっきとは比べ物にならない程の花弁が空を舞い、月を染めた。


『なら笑おう。君が、皆が笑顔になれるのならば』


 〝おいで〟と言わんばかりに手を差し出してくれるその手を私は震える手で取り──。


「神様って、踊れるのね…」


『踊りは神楽の一種みたいな物だからね』


 その身を委ねた。ふと空を見上げる。

月は変わらずに微笑んでいるばかりだが、見守ってくれているのではないかと思う。


「温かい……」


『ああ、今日は満月だったね。丁度いい』


 くるりと神様の瞳が私を、花弁と共に捉えた。その瞳は意味ありげに煌めきを孕んでいる。


「わ…!」


『僕を起こし、共に居てくれた乙女に春を』


 神様が言葉を発する度に呼応する花弁は異質に近かった。その反動で瞼を閉じてしまった。閉じなければ良かったと後悔が襲ったのは、その後のこと。


次に目を開けた時、■■は居なかった。


そう居なくて。思った瞬間、傷んだ。

割れるように痛い。頭を押さえながら、見上げた。そこにあったのは月光を背に凛と佇む満開の桜。唯、それだけだった。


「神様って誰…?」


 口から出たのは頼りない、自分の声。

そのものだった。ぽっかりと浮かぶ月と桜を交互に見た。何か、大切なことを忘れているような。そんな気がした。


だけど不思議と悲しくはなかった。

どうしてなのかは分からない。


今年の桜も綺麗だと思い、私はその場を後にした。しかし。最後にもう一度だけと煮え切らない思いがあったらしく。


その様を目に焼け付けたくて振り返る。


──風に紛れて、聴こえた誰かの声と桜が美しいと思った。その声は春を告げるに相応しい、陽だまりのような声だと思いながら。


『──又、会おう。小さき乙女よ』

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陽だまりのあなたへ。 逢坂 晴月 @AMAGAI0406

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