第16話

 現在、太老は食器洗いをしていた。

 ひょんなことから富士河家で行われた音々呼の声復活記念パーティに参加し、すでに四時間以上が経過した。


 四人一緒に千咲が用意したご馳走を食し、そのあとは音々呼主催のゲーム大会に強制参加させられた。食事前にやっていたゲームは、昔から根強い人気の誇るパズルゲームだったが、今回は様々なゲームのキャラクターたちでバトルする格闘ゲームであり、世界大会も開かれているくらいに人気らしい。


 これまでの人生で、一般庶民がやるようなゲームなど親に与えられていなかったし、今の時代にどんなゲームが流行っているのかも分からない時代遅れな太老だった。


 だから当然コントローラー操作も覚束なく、六歳児に手も足も出なかったが、千咲もまた苦手なようで彼女とだけは良い勝負ができたように思う。


 舞香曰く、この三年間で見たこともないほどに音々呼ははしゃいでいたようだった。それもあってか、そうこうしているうちに寝息を立ててソファの上に沈んでいたのである。


 舞香が音々呼を抱えて二階の寝室へと運んでいき、太老と千咲は水に浸けていた食器類を洗っているという現状だ。

 しかし少し前までうるさいほど賑やかだったのが、今は皿洗いをする音だけが響く静かな状況に、若干の気まずさを感じていた。


 何せここは他人の家であり、ほとんど初対面と言っていいほどの交流なのだ。それなのに同年代の女子と横並びに食器を洗っているというのは、よく考えなくても異様な事態には違いない。


「…………ありがとね」

「え?」


 不意に口火を切った千咲に少し驚いて声を上げてしまった。


「あの子、とっても楽しそうだった」

「ああ、別にいいよ。俺も楽しかったしさ。こういうの初めてだったから」

「? もしかして友達いないの?」

「うぐっ……痛いところを真っ直ぐついてくるなぁ」

「あ、その……ごめん」


 友達と呼べる存在は過去にいたが、今まで自分が近くにいると不幸に巻き込んでしまうから、必要以上に親しくなることを避けていた。

 だから当然友達の家に行ったり、一緒に仲良く食事などもしたことなかったのである。


 太老にとっても、今日は初体験ばかりで新鮮で楽しいものだった。


「富士河さんは友達多そうだな」

「別にそんなに多くはないわよ。テニス一筋だったし、中学で仲良かった子たちとも高校は別になったしね」


 スポーツ特待生としてこれから通う【九都学園】。偏差値も高いので、普通に入学するだけでも至難。だから中学の時の友人たちと離れ離れになってしまうのも頷ける話だ。その友人たちが全員成績が良いならともかく、そう上手くはいかないのが世の常だろう。


「それは……やっぱり寂しかったりする?」

「そうね……でも、友達ならまた作ればいいじゃない。私はそれが楽しみでもあるわ」

「はは、コミュ力高い人ならではの言葉だなぁ」

「……もしかして陰キャ?」

「ぐぅっ…………だから言葉のナイフに気をつけて」

「あわわっ、ご、ごめん! 二度も!」


 どうもこの娘は天然というか思ったことをすぐに口にしてしまうようだ。まあ裏表がない性格なのは付き合いやすいとは思うが。


「で、でもほら! これから同級生になるんだし! 何だったら友達作り、私もフォローするから!」


 それに本当に優しい子だ。この子もきっと、これからは何の憂いもなくテニスに臨み、心から笑顔を浮かべられる人生を歩んでいけるだろう。


(その一助になれたのは嬉しいよな)


 もし音々呼に出会わずにいたら、もしかしたら音々呼はずっと話せないままだったかもしれない。それだけで家族全員が不幸になるというわけではないが、幸福度というものが存在するなら、今と比べるとやはり下に位置していたのではないかと思う。


 故に、少しでも富士河家の幸福度が上がり、それが自分の行った結果だというなら喜ばしいことだろう。


(何せ昔は疫病神呼ばわりだったからなぁ)


 それはもう語るまでもないことだろう。不幸体質というのは、本当に厄介なものである。


「友達かぁ……」

「ど、どうしたのよ?」

「ん? ああ、ごめん。でもそうだな……友達作りに励んでもいいかもなって思って」


 今度の人生では、前にできなかったことをしたい。友達作りもその一環である。


「いいと思うわよ。ぼっちとか今どき流行らないと思うし。あ、何ならテニス部に入ったらどう?」

「ははは……残念ながら肉体派じゃないんだよ、俺」

「そうなの? じゃあ何かやりたい部活があるとか?」


 実際は運動部に入って、みんなで青春をしたいが先に語ったような理由で断念している。


(ギャンブル部とかあったら俺にピッタリなんだけどな)


 そこなら思う存分能力を振るえるかもしれない。

 しかし学校が賭け事を推奨するような部活を認めているわけがないだろう。


「う~ん、考え中だな。それに何の部活があるのか分からないしさ」

「なるほど、それもそうね。けど良かったらテニス部に入ることも考えてみて」


 その後、戻ってきた舞香を含めて三人で飾り付けなどを片付けることにした。太老は休んでいていいと言われたが、参加した以上は最後まで手伝うと行動した。

 ちなみに傷も診てもらったが、問題なく完治に向かっているとのことで千咲もホッとしていたようだ。


 そうしてすべてが終わったあとは、二人に見送られながら富士河家を出た。

 空を仰げば、そこはすでに星々が輝く時間帯となっている。


(結構楽しかったなぁ。ああいうのもいいもんだな)


 誰かの誕生日パーティに参加したのが初めてだったし、何も悪いことが起きなかったのも良かった。今までは何かしら不幸が舞い降りて他人まで巻き込んでいたから。だから何もかも新鮮な気持ちで楽しめた。


(音々呼ちゃんも喜んでたし、それに…………アイツらの気配も感じなかったしな)


 アイツら――それは人外なるモノ。つまり悪霊や妖の類だ。


 昨日対峙した灰猫。もしかしたら音々呼を探しここまでやって来ている可能性も考えていたが、それは杞憂に終わった。


 特に悪霊というのはしぶといし執念深い。一度ターゲットを決めれば、まさに地獄まで追いかけてくるような気性を持っている。実際に前の人生では、逃げても逃げても追われ続けノイローゼになったことさえある。

 堪らず神社に行ってお祓いをしてもらって楽になったが、神主曰くもう少し強い悪霊だったら死んでいたらしい。


 ただそういう非日常的な経験からか、ソイツらの気配に敏感になったのも事実。だからこそ音々呼を救えたのだが。 

 今日訪問したのも、音々呼の安否を確認しておきたいと思ったからだ。


 幸いにも奴らの気配は感じなかったので、本当にたまたま灰猫の気まぐれで襲い掛かった可能性が高くなってきた。


(でもこれから音々呼ちゃんも大変かもな)


 そもそも誰も視認することができなかった灰猫を察知することができたということは、彼女には太老と同じような霊的感性が強いということだ。


 奴らにとって太老たちのような存在はご馳走になるらしい。その力を取り込んで存在を大きくできるから。そうして格を上げて強者欲や支配欲を満たすことに悦を感じる輩が多いようだ。

 だから少なからず力を有する音々呼もまた、今後狙われる危険性があるということ。


(これからも無事に過ごしていってほしいけどな)


 さすがに身内でもないし、四六時中傍にいて守るようなことはできない。だから太老にできることは、どうかこのまま穏やかに彼女が人生を謳歌できるようにと願うことだけ。


 もっともそんな場に直面した時は全力で守るつもりだが。あんな小さな子が不幸になる姿なんて見たくはないから。

 それが自分を助けてくれたあの少女への恩返しにもなると信じて。



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