第15話
「あーうん、邪魔しちゃ悪いからね」
「ジャマなんかじゃないもん!」
ソファから飛び降りるようにしてこちらへ向かってきて太老の腕を掴んだ。
「タローおにいちゃんも、いっしょにパーティしよ?」
「え? いやさすがにそれは……」
助けを求めて舞香と千咲の方を見つめる。すると千咲が助け舟を出してくれる。
「こーら、ワガママ言わないのよ、音々呼」
「やっ!」
「やっ、じゃないの。ワガママばっかり言ってると、ご馳走無しにするよ?」
「だ、だっておかあさんが、きょうはすきなだけワガママいっていいっていったもん!」
その言葉を受け、千咲がジロリと舞香を睨む。舞香は顔を背け苦笑いを浮かべる。しかしずっと黙っているわけにはいかないと思ったのか、
「ま、まあ今日ぐらいいいじゃないか、千咲」
まさかの発言で千咲は「はあ!?」と困惑し、太老もまた同様の気持ちを抱く。
「君もどうかね? 音々呼が懐いているようだし、時間さえあるなら一緒にいてやってくれないかな?」
「そ、それは……」
チラリと音々呼に視線を向けると、彼女はウルウルと涙目である。
(うぅ……頼むからそんな目をしないでくれよぉ)
まるで自分が子供を泣かしている気分になってくるから困る。ここで断ったら、きっとまた笑顔を奪ってしまうのだろう。そう思うと、お人好しの太老が出す答えはもう決まっていた。
「…………ではお言葉に甘えて、少しだけ参加させて頂くということで」
承諾した直後、音々呼は大喜びし舞香に抱き着いて「やったよ、おかあさん!」とはしゃいでいる。
太老が軽く溜息交じりに肩を竦めていると、「ごめんね」と千咲が近寄ってきた。
「はは、富士河も苦労してるんだな」
「まあお母さんは自由人だし、音々呼もどっちかっていうとお母さん似だしね」
「なら富士河は父親似ってことか。……ん? そういえば昨日も見なかったけど、親父さんは……?」
そう問いながら千咲の顔を見ると、一瞬にして怖い表情へと変わり、
「ああ、いないわよそんな人」
とだけ冷たく言い放った。その言葉と表情には先ほどまであった優しさの欠片もなかった。
(こ、これは……追及しない方が良いみたいだな)
生きているのか死んでいるのか定かではないが、たとえ生きていたとしても複雑な事情がありそうなので、これ以上首を突っ込むのは止めておくことにした。
話題を変えようと思い、さっき出かけていたのはパーティ用の買い出しだったのかと聞くと、彼女は普段の様子に戻って「そうよ」と答えてくれた。
「そういえば昨日も夕食の準備をしてたけど、もしかして料理が得意なのか?」
「お母さんも家事はできるけど、ほら、医者だから忙しいじゃない。だからできる限り私がしてるのよ」
「へぇ、偉いんだな、君は」
「え、偉くなんかないわよ! 家事は嫌いじゃないし、料理だって将来的にも必要になるからやってるだけだし!」
そこまで強く否定しなくてもいいと思うが。この年代の女子は、やはり扱いが難しい。もっとも前回の人生を通して、女性を上手くリードできたことなど一度もないけれど。
「将来的って……もしかして夢はお嫁さん、とか?」
「っ!? バ、バカッ! 私がスポーツやってるって言ったでしょ! スポーツには栄養学も必要なの! だから自分で調理できた方が便利ってこと!」
なるほど、そういうことか。確かにスポーツ選手にとって食事は重要になってくるだろう。栄養バランスを考えた調理ができれば、それが大きな力になる。そういう知識や技術が自分にあれば確かに便利かもしれない。
「それでもやっぱり偉いと思うぞ」
「ま、まだ言うの!?」
「いやだって、自分のためでも向上心を持つってことは良いことだろ? 身体を鍛えるのも、栄養学を学ぶのも」
「それはそうだけど……」
「謙遜しなくていいって。君は十分に偉いよ、うん」
「~~~~~っ!? わ、私今から料理作らなきゃなんないから!」
顔を真っ赤にしながらキッチンへと急ぎ足で向かって行った。
(……褒められることに慣れてないのか? ……初心だなぁ)
とはいえ、太老もあまり褒められた経験などはないから、いきなり絶賛されると気恥ずかしいのは理解できた。
するとそこへ、腕を誰かに引っ張られる。見ると期待眼でこちらを見上げている音々呼がいた。
「タローおにいちゃんっ、いっしょにあそぼ!」
「おう、別にいいぞ。何して遊ぶ?」
音々呼が嬉しそうに「ゲーム!」と言うと、テレビの前まで連れて行かれる。そこで料理ができるまで、音々呼を楽しませるための接待ゲームを一時間以上続けたのだった。
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