第10話

「ただ一応抗生物質の薬は出しておこう。今後怪我が悪化するようならすぐにまた来てほしい」

「はい、分かりました。お忙しいところ診てくださりありがとうございます」

「…………君は随分と礼儀正しいのだな」

「? そうですか?」

「敬語も流暢だし、普段から使い慣れていないと違和感はあるからね。特に君のようなまだ若い時分なら当然だ」


 確かに小学生の時はなかなか敬語なんて使わないし、中学生になってもやはりそう簡単に身に着くものではないだろう。あったとしても部活などで先輩相手に培われた、どこか体育会系よりの砕けたものだったりする。


 太老はこれでも社会人として生きていた経験がある。バイトや仕事で上司、並びに客などと接する機会も多々あり、自然と目上の人に対する言葉遣いは鍛えられたのだ。


「へ、変でしょうか?」

「いいや、今どきの若者にしては好感が持てるよ。そういえば年齢は十五歳と言っていたね」

「はい。今年高校生になります」

「おお、ではウチの千咲と同じだな」


 そう言いながら舞香の視線が、チラリと千咲に向けられる。千咲も「あ、一緒なんだ」と小さい声で口にしていた。

 太老もそこで初めて同級生だったことを知る。


「ここらに住んでいるのだろう? なら学区も同じということ。どこの高校に通うんだい?」

「えっと……【九都ここのつ学園】です」


 すると舞香は「ほほう」と感心するような声を出し、千咲は驚いたような表情で固まっている。その反応に困っていると、いつの間にか傍までやってきていた音々呼が、太老の服をクイクイと引っ張ってきた。


 一体どうしたのかと思ったら、『タローおにいちゃんも、おねえちゃんといっしょ?』と書かれたタブレットを見せつけてきていた。


「え? 一緒……? まさか……」


 疑問を浮かべながら千咲の方を見ると、


「……わ、私も春からそこに……通います」


 などとまたもや驚愕する言葉を投げかけてきた。


「これはまた妙な縁だね。まさか今日であったばかりの二人が、同じ高校にこれから通うことになろうとは。しかもあの【九都学園】に」


 何故そこまで驚くのかは理解できる。何せ【九都学園】といえば全国でも有数の進学校で、その卒業生は高級官僚になったり医者や弁護士などといったエリートルートを進んでいるのだ。

 実際に総理大臣をも務めた人物もOBにいるし、極めて格式の高い学校なのである。


「ということは三森くんは勉強ができるんだね。…………ウチの子と違って」

「ちょっ、お母さん!」


 心外だと言わんばかりの怒声。しかしそこは太老も同意せざるを得なかった。


「あの、【九都学園】に合格できたってことは、娘さんも勉強が得意なのでは?」

「いいや、この子はスポーツ推薦で通うことになっててね。受験勉強なんかしちゃいないよ」

「スポーツ……推薦?」


 ということは、自分と同じ特待生として選ばれた存在ということ。ただ違うのは、受験での成績ではなく、中学でのスポーツ実績によるもの。


「べ、別に頭が悪いわけじゃないし……! ただ身体を動かす方が得意ってだけだもん!」

「はいはい。医者の親としては喜んでいいやらなにやら」


 呆れるように肩を竦める舞香に、リスのように頬を膨らませる千咲。


『ケンカ、ダメなの!』


 そうタブレットを掲げる音々呼の頭を、微笑を浮かべながら舞香は撫でて「そうだね」と口にした。


「でも凄いですよ。スポーツ特待生に選ばれるなんて。何のスポーツを?」

「テニスさ。これでも一応中学の時は個人で全国二位でね。いやぁ、あの大会は燃えたね。もう少しで優勝することができたのだよ。さすがは私の娘だ。いや、将来はきっと世に名を残すほどの名プレイヤーに――」

「ちょ、お母さん! もうそれくらいでいいから!」


 見れば千咲は真っ赤な顔。母親にべた褒めされて明らかに照れている。


『おねえちゃんはとってもカッコイイ!』


 どうやら音々呼も姉が誇らしいようで鼻を膨らませている。


「も、もう二人ともホントに止めてよぉ……。別に優勝したわけじゃないし……」


 本人としては準優勝であることが不満らしい。だから褒められてもしっくりこないのかもしれない。


「いやいや、凄いと思うぞ。全国に二位なんて生半可な努力じゃ取れないだろうに」

「え……あ、その……ありがとうございます」

「ん? 敬語はいいって。これから同じ学校に通う同級生になるみたいだしさ」

「そ、そう? じゃあ……そうする」


 ただ事実をいうと、精神的には同級生どころか舞香との方が近い年齢ではあるが。


「あ、そろそろ夕食の支度しなきゃ。お母さん、後は任せていいよね?」

「はいよ。音々呼も手伝いに行ってきな」


 そう言われて、二人はもう一度こちらに礼を言ったあとに診察室を出て行った。


「……いいお子さんたちですね」

「はは、やはり君は年相応ではないな」


 確かに二人を見る視線は十五歳のそれではなかったかもしれない。


「ではそろそろ自分はお暇させて頂きますね。診察代は受付で払えばよろしいですか?」

「何を言っているのかね。そんなものは必要ないよ。これは謝罪と感謝の代わりなんだからね」

「え、でも……」

「まだ子供なんだから遠慮などしなくていい」

「そ、そうですか、それなら甘えさせて頂きます」


 正直保険証とか持ってきていないのでありがたかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る