第6話

 高校からの帰り道。気持ちの良い陽気を浴びながらブラブラ散歩していると、少し小腹が空いたから近くの商店街で買い食いでもしようかと足を伸ばした。

 商店街はいつも活気に溢れている。特に昼回りはまるで祭りかのような賑わいだ。特に最近は外国人観光客も増えていて、見回せば日本人よりも多いのではないかと思うほどである。


 それもこれもいつだったか、商店街がテレビに特集されたせいだろう。その日から観光スポットとして外国人に人気が高まっている。


「うわぁ、これは今日もまた凄いな」


 真っ直ぐ伸びた道の両脇には様々な店が立ち並び、店員たちが盛大に呼び込みをしている。そしてその呼び込みに応じているのはやはり外国人が多い。

 髪や肌の色もまばらで、どこか異世界感すら覚える。


 この商店街にあるコロッケ屋のコロッケが絶品なので買いにきたのだが、遠目からでも分かるが店の前では行列を作っていた。テレビでも紹介されていた店でもあるので、連日大盛況というわけだ。


「こりゃ、別のもんにした方がいいかな」


 お持ち帰り系のコロッケ屋なのだが、さすがに五十人近く後ろに並ぶほど忍耐力はなかった。他にも店は多々あるので、今日は別のものにしようかと思った矢先のことだ。


「……ん?」


 ふと視線の先に気になる光景が飛び込んできた。

 そこにいたのはタブレットのようなものを大事そうに抱えながら、周囲をキョロキョロと見回している五歳くらいの可愛らしいショートカットの女の子。その表情は不安そのもので、今にも泣き出しそうな様子である。


(もしかして保護者とはぐれた?)


 この賑わいだ。親とはぐれてしまっても不思議ではない。すると幼女の目の前を野良猫が素通りしていく。その猫は、幼女の前で一度立ち止まるとジッと彼女を見る。すると幼女は猫を見ると目を輝かせた。


 その姿を見た猫は、急に踵を返してどこか誘うようにして動き出す。あろうことかその後について幼女が歩き出す。しかも行き先は商店街の細い脇道。


(おいおい、一人でそんなとこ入ったらダメだっての!)


 反射的に太老は幼女を追いかけることに。

 残念ながらこの世の中は平和ばかりではない。幼女誘拐なんて珍しくないのだ。加えてあの可愛さだ。変態にでも捕まればどうなるか分かったものではない。


(それにあの猫……何か嫌な感じがしたしな)


 直感でしかないが、灰色の体毛に覆われた猫を見て違和感を嗅ぎ取っていた。こんな人通りの多い場所に堂々と現れるのもそうだが、誰一人として猫を見ていなかった。


 野良猫自体は珍しくないが、猫が道を歩いていたら気になって何となく視線くらい向けるのではないだろうか。しかしまるで認識されていないかのように、誰も猫に気を向けていなかった。


 そう、あの幼女以外は。

 だから太老はそこに違和感を覚えたのである。


 細い路地は薄暗く、表通りと違って人気がまったくといっていいほどない。元々は何らかの店だったのだろうが、両脇に連なる建物はシャッターが閉まっていて物寂しい雰囲気だ。しかもどこか不気味さを感じさせる空気が漂っていて不安を煽ってくる。


 早足で路地に入った太老は、その視線の先である光景を目にした。

 それは尻もちをついた幼女の前で、今まさに飛び掛かろうとしている灰色の猫の姿。


 そして猫が勢いをつけて跳躍し、そのままターゲットであろう幼女に向かっていく。大きく開けられた口からは鋭い牙が鈍く光っている。

 大して幼女は声も出さずに身体を硬直させているだけ。このままだと取り返しのつかない事態になりかねない。


 だから太老は急いで幼女の前に出ると、こちらに向かってきた猫に向かって右腕でガードする。


「――痛っ!?」


 ガードした腕を噛まれると同時に凄まじい激痛が走る。


「くぅっ……は、放せぇっ!」


 腕を振り払い、その勢いで噛みついていた猫を前方へと弾く。猫は器用に身体を回転させ見事に着地すると、いまだ闘争心を剥き出しにして睨みつけてきた。


「だ、大丈夫か君!」


 猫を意識しながらも、背後にいる幼女に声をかける。

 しかし突然太老が現れたことで衝撃を受けているのか、パクパクと口を開くだけで声音には届いていない。


 すると猫から感じる気迫が膨れ上がる。


(!? コイツ、やっぱり……!)


 猫の身体から黒い靄のようなものが滲み出ている。赤い瞳も獰猛さを増し、小さいながらも存在感はライオン並に伝わってくる。さらに言うなら、その黒いオーラが猫の額に集って角のようなものを形成していく。


 やはり思った通りただの猫ではなかった。普通の猫なら黒いオーラなんて発さないし、あんな凶悪そうな角なんて存在しないだろう。

 あの灰猫が、幼女を誘うに脇道連れて行ったこともそうだが、幼女以外に誰も見向きもしていないことが不思議だった。


 そして現在、太老はその正体を掴みとっていた。


「やっぱ……妖の類かよ」


 だからこそ別に驚きはない。こういった場面は、不幸にも何度も経験していたからだ。

 妖や悪霊などの存在は、普通の人間には目視することはできない。だからあの賑わいの場に堂々と現れても、他の者たちには注目されなかったのだ。


 それにこういった存在とは何度も相対していた経験から、何となく猫が普通ではないことを察知した太老の見解は当たっていたというわけである。


(けどどうする……? 俺一人なら逃げることもできるけど)


 こういう場合、基本的にいつも逃げ回っていた。何故なら太老は霊能力者でも陰陽師でもないのだ。妖や悪霊を討伐できるスキルなど持ち合わせていない。


(そうだよな。不運がなくなっても、コイツらとの縁が切れたわけじゃないんだもんな)


 自分は恐らく霊感体質と呼ばれるものを持っている。それは前の人生から判断したわけだが、こうして人生をやり直すことができるといっても、その元々の体質がなくなるわけではないのだ。


 できれば《確率変動能力》を授かったと同時に、霊感も消失してくれていれば嬉しかったのだが。


(正直まともにやり合って勝てるとは思えない。ここは……)


 意を決した太老はすぐさま振り返ると、そのまま「ちょっとごめんな」と言いつつ幼女を抱きかかえた。


「アイツから逃げるから、しっかり掴まっててくれ!」


 いきなり知らない人物から抱えられそんなことを言われたら暴れられても仕方なかったが、嬉しいことに幼女は怯えながらもコクリと前向きな反応を返してくれた。


(けど、表通りは人が多いし下手をすれば怪我人が出る)


 猫が再び牙を剥いて襲い掛かってきた。それを見極めギリギリで回避すると、そのまま北方向とは逆に真っ直ぐ走り出す。

 当然猫も黙ったままではない。獲物である太老たちを素早い動きで追いかけてくる。


 道の脇に置かれているゴミ箱や段ボールなどを崩し、猫の足止めをくらわせながら駆ける。ただそこは小さい体躯の猫。隙間を縫うようにして追う。


(ヤバいな。このままじゃすぐに追いつかれてしまうぞ!)


 逃げ足には自信があるが、いつまでも動物相手に逃げ回れはしない。それに小さいとはいっても幼女を抱えながらだ。その速度だっていつもよりは落ちてしまっている。


(くそっ! 何か逃げ切れる良い方法が……っ!?)


 そこで思い出す。前の自分には無くて、今の自分にある最大の利点が。

 太老は思い至り、走りつつ前方を上下左右と確認する。そして上部に発見したあるものが視界に映った。


 そこで太老はピタリと足を止めると、猫の方へ振り返る。

 猫もこちらが諦めたと思っているようで、緩慢な動きで徐々に距離を詰めてくる。太老もゆっくりとだが後ずさりしていく。


 そして猫が最後の攻撃と言わんばかりに、再度牙を剥いて飛び掛かってきた。


 ――――ガシャンッ!


 しかし猫の攻撃は、突然頭上から落ちてきた大きな看板に押し潰されたことで終わってしまう。看板の下敷きになった猫はピクリとも動かない。

 ここは元々居酒屋やら焼き肉店やらがあった場所。今はどこも閉鎖されているが、店の名残である看板などはそのままだったりする。


 太老は特別大きな看板を目にし、それが突然、留め具などが壊れて落下してくる確率を百パーセントにしたのだ。


「はは、ナイス確率変動!」


 感謝と同時に思わずそう口にすると、すぐにまた駆け出しその場を後にした。




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