第5話

 見事受験合格を果たし、さらには特待生になることができた太老は、現在宝くじ売り場にいた。

 宝くじといえば年末か夏といったイメージがあるけれど、春もまた高額当選のくじは売られているのだ。


 とはいっても、当選金数億から十数億という年末と夏と比べると一等の額は六千万円と小粒。

 まあ小さいといっても、庶民にとっては巨額であることには変わりないが。


 正直特待生に選ばれたから、入学金や授業料などが免除で必要経費は一般性と比べて非常に楽にはなったが、それでも生活には金がかかる。

 加えて、本当に宝くじという夢の舞台で結果を出すことができるのかどうかという試しもあり、本日はここに足を運んだ次第である。


(毎回思うんだけど、宝くじ売り場って何でこんな小さいんだろうなぁ)


 それこそ六畳一間よりも小さいような気がする。まるで屋台か何かのようで。全国にはもっと大きな売り場があるらしいが、身近なところではこじんまりしたものばかり。


 太老は窓口でなけなしの小遣いをはたき一万円分の宝くじをバラで購入した。連番ではなくバラの方が高額当選しやすいという話をテレビが何かで聞いたような気がしていたので。


 初めて購入した宝くじだが、持っているだけで心臓が高鳴っている。何せ中学三年生にとっては、一万円というのは大金だ。それが紙切れに変わったことで、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちが渦巻いている。

 当然ながら普通はこのほとんどは外れであり、当たっても数千円程度しか返ってこないことは知っている。


 利益を出すには高額当選を手にするしかないのだが、こればかりは運を天に任せるしかないのが実情。

 しかしながら今の太老には、その運を引き寄せることができる能力が備わっている。


(一等が当たる確率――百パーセント! 頼むっ、当たってくれ!)


 くじを胸に抱きしめながらそう願う。

 これで本当に叶うのか些か不安である。何せ結果が出るのは少し先になるからだ。


 これから毎日ソワソワして過ごすことになりそうだと辟易してしまう。元来小心者なので、こういう時は本当に情けないと思う。


(あーこんなことなら競馬とか普段から見とくんだったなぁ)


 これまでギャンブルにはまったく興味がなかったので、万馬券を当てることもできやしない。強いらしいという馬の名前くらいは聞いたことはあるが、知識は皆無に等しいだろう。競馬ならすぐに結果が分かるし、ソワソワするのも一瞬で済むだろう。


 太老はその足ですぐに家に帰り、引き出しに宝くじを入れる。あとは当選発表まで大事に保存しておくだけだ。

 もう一度合掌して当たるように願ってから、また外へと出かける。


 明後日は三年間通った中学の卒業式で、特に問題なく過ごすことはできるはずだ。担任は太老が特待生を勝ち取った事実に驚愕していたが、それでもちゃんと祝福してくれたので嬉しかった。


 友人と呼べるほどの人材は少ないが、今度通う高校には行かないので少し残念。ただたまに集まって遊ぶという約束はしているので、それが社交辞令でないことを祈る。

 こうして外に出てきたのは、自分が通う高校の下見だった。とはいっても中には入れないが。


 通学路と外観を確認しておこうと思ったのである。前に試験関係で来たことはあるから改めてという言葉が前につくけれど。

 高校は街の少し高台にあり、毎日坂道と戦うのは大変だが、有名な進学校ということもあり、通っているだけで胸を張れるくらいには格式が高い。


 そうして一歩一歩噛み締めるように坂道を上がり正門前までやってきた。時刻は午後二時半ということもあり、休日の土曜日ということもあって人気は少ない。

 とはいってもグラウンドや体育館からは勢いのある声が響いてくる。恐らく部活をしている人たちなのだろう。


(部活か……そういやどうしようかなぁ)


 中学の頃は帰宅部だった。スポーツが嫌いというわけではない。ただ体質的にやるべきではないものだった。

 その理由は明白だ。何故ならどれだけ努力したところで結果なんて決まっていたから。


 当然スポーツをする者として望むのは勝利だろう。しかし太老が望めばそれは逆になる。つまり必ず敗北へ繋がってしまうのだ。

 個人戦ならまだいいが、チームでは必ずその体質は足を引っ張ってしまう。実際に自分が入ったチームが勝利した記憶はない。少なくとも勝利を望み頑張ろうとした時だけだが。


 だからこれまで体育などで行われるチーム戦などは、目立たずできるだけ何もしないようにしてきた。そうすれば単純に勝敗はチームの力量差が決めてくれたから。


(まあそのせいでサボリ魔とかやる気なしマンとか言われたけどね)


 ただこっちがやる気を出して勝利を目指せば、かえってチームの迷惑になってしまうのだ。だから仕方なく誹りを真正面から受けるしかなかった。

 しかしスポーツ自体は好きだし、皆で勝利を目指す青春というのにも憧れていた。そんな思いを抱えながら卒業したわけだ。


 それが人生をやり直している今なら可能かもしれない。


(でもなぁ……いざって時にこの力を使ってしまう気がするんだよな)


 部活に打ち込んでいる者たちは、皆が努力という汗を流して、一つの目的に向かって突き進んでいるから美しいのだ。太老もそんな姿に惹かれている。

 不運がなくなった今、皆と一緒に部活に打ち込むことは可能だろう。しかしたとえば点差で負けていたとして、恐らく確率変動能力を使用すれば簡単にその状況を覆せるはず。


 結果的に勝利すれば、皆は大喜びするだろう。しかしそれで本当に自分は満足だろうか。皆が必死に積み上げてきたものを、たまたま手に入れた反則的な力で、一瞬で崩すような行為をして勝利を得てもきっと喜べない。


 これがただ単に宝くじのような圧倒的に運が絡むゲームなら別だろう。たとえ運を操作して勝ちを得ても、あまり罪悪感も湧かない。

 しかしスポーツなどの競技では話が違う。自分も含めて培ってきた努力を無下にするようなことをしてもいいのか。いや、いいわけがない。少なくとも太老はそんな勇気は持ち合わせていない。


 それでも仮にそんな窮地の場面が訪れれば、能力を使ってしまうかもしれない。なまじチームメイトの努力を目にしていたら尚更に。


(……だったらやるべきじゃないよな)


 できる限り、誰かの努力を踏み躙るようなことはしたくない。

 もっとも確実に当選するであろう宝くじを購入している自分がそんなことを言っても軽々しいだけかもしれないが。


 部活で青春するチャンスではあるが、最終的に納得いかないことになりそうなので諦めておくことにする。


(ま、部活は運動だけじゃないしな)


 他にもいろいろ青春できる部活だってあるだろう。運動部ではなくても、学生時代にしかできないことを楽しめる部活を探すことにする。

 軽く肩を竦めた太老は、そのまま踵を返す。次にここを通る時は入学式だ。その日を心待ちにしておく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る