第4話

 本日は高校受験の合格発表がある日。

 ちなみに今の時代、合格発表は学校の掲示板に確認するでもなく、通知書が自宅に郵送されるでもなく、ネットで確認することができるのだ。


 太老はリビングでノートパソコンを開きながら、その画面をジッとかじりついていた。そしてその後ろには祖母が、少し離れた場所には祖父――三森太助が座ってどこかソワソワしている。


「……時間だ。そろそろ結果が通知されるよ」


 マウスを握る手に力が自然と込められる。じんわりと汗が滲んでいることにも気づいていた。

 学校のホームページに入り、受験者専用のチャンネルを開く。前もって知らされていた受験番号と名前などを打ち込みしばらく待つ。


 すると合否通知が記載されるページへと飛ぶ。

 受験番号や名前などが丈夫に記されていて、その合否は下の方で確認することが可能だ。

 喉を鳴らしながらゆっくりとスクロールしていく。


(頼む……頼むぞ!)


 手応えはあった。初めての受験で舞い上がっていたこともあり、最初は緊張して落ち着くのに時間はかかったが、ちゃんと勉強した甲斐はあったと思う。


「………………………あった! 合格してる……合格してたよ、ばあちゃん、じいちゃん!」


 そこには受験合格の文字が記載され、見事努力が実ったことを示していた。


「やった! やったよ俺っ!」

「良かったねぇ、タローちゃん! 頑張ってたもんねぇ」


 祖母もホッとしたように頬を緩めて拍手をして喜びを示してくれる。

 しかしそこで祖父が間に入ってくる。


「タローよ、それで? 特……なんだったか、それには選ばれたのか?」


 その言葉で冷や水をかけられたかのように嬉々とした気持ちが冷めた。

 そうだった。ただ合格しただけではダメなのだ。本来の目的は特待生になること。


 ページをさらに下にスクロールしていくと、特待生に選ばれたかどうか分かる。

 今回特待生に選ばれるのは十人らしい。その中でスポーツなどの部活関係での特待生は九人存在し、残り一人は入学試験の首席が選ばれるのだ。


 またも緊張が蘇り、マウスを持つ手が震える。深呼吸をしたあと、意を決して下にスクロールしていく。


 そしてそこには――。


「――――よっしゃあぁぁぁぁああああああっ!」


 結果を示すように両拳を突き上げた太老。


「え? え? タローちゃん、もしかして……?」

「うん、うん! 俺やったよ、ばあちゃん! 特待生に選ばれたよぉっ!」


 嬉しさが天元突破して、勢いそのままに祖母に抱き着いた。祖母も涙目で太老の頭を撫でてくれている。

 普段あまり笑わない祖父も、その時ばかりは表情を崩し「頑張ったな」と褒めてくれた。


 これまで報われたことのない人生だったが、自分がやったことで誰かがこんなにも喜んでくれて、そして褒めてくれることがこれほど嬉しいとは思わなかった。


「ばあちゃん、じいちゃん……これで二人にも迷惑かけずに学校に通えるよ」

「っ……バカだねぇ、タローちゃんは。あなたはまだ子供なんだからそんなこと気にしなくていいって言ってるだろうにもう……」


 そう言いながらも慈愛溢れる手つきで祖母が頭を撫で続けてくれる。


「まったく、あの二人もこんなに良い子を何で見捨てられるのかねぇ」


 祖母の言葉に少しヒヤリとしたものを感じる。明らかに怒気が混じっていた。

 あの二人――それは太老の両親のことだ。

 別に他界しているというわけではない。今もピンピンしているし、何なら精力的に活動していることだろう。


 何せ二人は上に超がつくほどの仕事人間であり、家庭など顧みないくらいに自分のことしか考えていない。


 もともとお見合いで一緒になったらしく、子供……つまり太老を授かったのも本当に偶然らしい。当初は中絶するという話だったらしいが、授かった子供を殺すなと祖父母に強く言われた母は仕方なく生んだという。


 しかしだからか太老に対する愛情はほとんどない。さすがに生まれてすぐは母親らしいことをしていたらしいが、成長するに従って徐々に愛情が薄れていった。

 そうして太老が五歳になる頃には、まともな親子の会話すら消えていた。それは父も同じで、彼もまた仕事一筋で子供など必要ないという考えだった。まともに顔を合わせて食事をした記憶すらほぼ無い。


 見かねた祖父母が、こうして太老を引き取って育てているというわけだ。


「……いいよ。俺には、ばあちゃんとじいちゃんがいるから。二人がいてくれるだけで、俺には十分だ」


 それは心からの言葉。太老が望んでいるのは祖父母との幸せな生活だ。親権を放棄したような両親なんて今更どうだって良かった。太老にとって大事な存在は、ここにいる二人だけなのだから。


「タローちゃん……バカな子だよあなたも」


 そう言いながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべる祖母。祖父もまた鼻息を出しながら、顔を背けている。耳を真っ赤にしながら。


(そうだよ。俺が前にできなかったことを、この二人にしてあげないと)


 改めて思う。こうして人生をやり直させてくれたあの少女に感謝を、と。

 そしてできれば直接会って礼を言いたいが、どこにいるか分からない。

 あの遭遇した山にでもいるのか。いつか時間を見つけて会いに行きたい。当然自分のことは知らないだろうが、それでも彼女を通して未来の彼女に感謝を述べたいと思った。


(けどあそこにはアイツもいる……のか?)


 ふと、あの甲冑を着た巨漢のことが脳裏に浮かびゾッとする。

 またアイツと遭遇するかもと考えると足が竦む。アレは絶対にこの世のものではない。確実に妖とかそういった類のもの。


 できれば二度と関わりたくないが、それでも少女に会いたい気持ちの方が強い。それにこのまま放置すれば、あの少女は巨漢に襲撃される未来が再現されるはず。

 自分を助けてくれた恩人を見捨てるなんて太老にはできない。だからどうにかして救い出す方法を考えないといけない。


(まだ時間はあるはずだ。少しずつ……俺自身も変えていかなきゃ)


 これからは新しい人生だ。前みたいに卑屈で弱音ばかり吐いていた自分では何も変えられない。

 せっかくこうして不運から遠ざかれたのだから、今一度自分を見直し強くなりたいと、いや、強くなると決意した。



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