第3話
「これが俺に宿った力――――《確率変動能力》か」
そう、それが太老が逆行の際に受け継いだ能力であった。
当然不運だけが特徴だったただの人間である太老に、そんなバカげた力は宿っていなかった。それもすべては記憶が解明してくれる。
これはあの少女が持っていた能力だということ。そして逆行させたであろう時に、その能力を太老に注いだこと。
簡単にいえばこの力は、確率を操作することができる能力だ。
どういう原理で太老を逆行させたのか、そして何故力を受け継がせたのかは分からない。それでもこの力があの少女によってもたらされたものだということだけは記憶に刻まれていた。
「それに身体が丈夫になったように感じるのも、あの子のお蔭なんだろうな」
感覚でしかないが、以前の自分と比べても明らかに違うような気がする。何というか生命力が強まっているとでもいおうか。
もしかしたらこれもまたあの少女のお蔭なのかもしれないが。
「けどそのお蔭で、明日の受験にも間に合うし……何よりももう不運に悩まされることがなくなる」
それがとてつもないほど嬉しい。太老といえば不運。不運といえば太老であり、何をするにも低レベルの結果しかもたらさなかった一種の才能だ。
この《確率変動能力》を使えば、運すらも自在に操作することができるし、まさに真逆の才能を手に入れたといえる。
ただしこの力にも制限があるようだ。
太老はティッシュを一枚取り、それをジッと見つめる。
「このティッシュが突然鳥に変わる確率――百パーセント!」
そう思い描いた結果――――何も変化はしなかった。
「……このまま落としてゴミ箱に入る確率――百パーセント」
今度は手からティッシュを離す。すると、普通だったそのまま床へと落下するが、ティッシュは少し開けられた窓から入ってきた突然の風により運ばれ、そこから四メートル以上離れている部屋の隅にあったゴミ箱へと吸い込まれていった。その動きはさながら生きているようで、あるいは操作されているかのようだった。
「なるほどね。この力も俺の認識次第ってわけだ」
この力の制限。それは〝太老が絶対不可能と認識している事象〟は確率変動ができないこと。
ティッシュが突然生き物に変化するなんて太老の認識では絶対有り得ないこと。
しかし有り得ないと思いつつも、どこか僅かでもその可能性を否定できない事象であるなら、たとえどれだけ可能性が絶望的でも現象化させることができるのである。
落とした硬貨をすべて立たせたり、ティッシュを落として離れたゴミ箱に入れるという非常に可能性の低いことを成功させたのだ。
これもすべては太老が少なからず起こるかもしれないと思っていたからである。
(そう考えればとんでもない力だよな……)
まさか自分がこんな能力を持つことになるなんて思うわけもない。異世界もののラノベとかに出てくるような、分かりやすい魔法やスキルといった中でも、この力はどこか異質さを感じさせた。
「……ちょっと待てよ。この力があれば、宝くじとか百発百中じゃね?」
それはきっと誰もが考える思考。当然ながら太老も同じように辿り着く。自分が大金持ちになった未来を想像するが……。
「……ダメだ。そんな未来を想像すらできないわ」
これまで不運のせいで誰よりも慎ましく暮らしていたからか、贅沢をしている自分というものを想像できなかった。
(でも……金があれば、ばあちゃんたちにも恩返しできるかも)
実際自分が働くことになった時期に、祖父母は他界してしまっていたので、恩返しができていなかったのだ。前はどの高校にも受からない……というか何かしらの不運に見舞われ受験すら叶わず、結局通信制の高校で卒業資格を取るだけだった。当然大学も行っていない。
そのことに祖父母は太老の不運を嘆き不憫に思っていたが、それでも見放すことなくずっと支えてくれていた。だからしっかり働けるようになったら、ちょっとずつでも恩返ししていこうと思っていたのである。それもできなかったが。
太老がしたいと思うことは叶わない。もしかしたら自分のせいで祖父母が早まった他界になったのかと極論にも達したこともあったが……。
(でも今回は違う……)
この力を上手く扱うことができれば、前の不運な人生を歩むことはなくなるはず。
「けど今はとにかく明日の受験のことだよな」
仮に宝くじで金を手にできたとしたら、わざわざ特待生を狙う必要もないかもしれない。しかしせっかく今日まで受験勉強に心血を注いできたのだ。祖父母も応援してくれた。
だからできることなら特待生になって、祖父母を喜ばせてあげたいと思う。
(幸いこの時期の記憶もしっかり根付いてるみたいだしな)
つまり勉強してきたことは脳内に深く刻まれているので、今すぐ受験でも問題ないほどだ。
前回は他の受験者たちと同じ舞台にも立てなかった。だからどこかワクワクしている。実際の自分の実力はどこまで通じるのか試してみたいのだ。
「よーし、どうせなら最後の追い込みでもするか!」
そうして太老は、久しぶりの受験勉強に臨むために机に向き合った。
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