第10話 冒険者ギルド

ポーメリウス迷宮都市の冒険者ギルドは今、不思議な空気が流れていた。


普段ならば朝のクエスト票争奪戦――美味しい依頼の奪い合い――が終わり、負け犬たちが酒を呷っている寂れた時間である。

ギルドの受付嬢たちは依頼者への報告書を書いたり素材買取の値段の見直しと事務仕事に勤しんでいる。

たまにくるのが新人の冒険者である。

近隣の村の若者であったり、遠くからやってきた食い詰めた傭兵であったりと様々であるが、今日は少し珍しかった。


それは豚であった。


いや違った。オークであった。


「冒険者登録をしたいブヒ」


「……かしこまりました」


冒険者ギルドの扉を開けまっすぐに向かってきたオークに対し、受付嬢アミナは叫びたい衝動をぐっとこらえた。

よく見れば、ただの太った人族の男だ。不思議な格好をしているが人語も介している。オークではない。

叫ばなくてよかった、とアミナは心底思った。


「ギルド登録には千ギルが必要になります。また犯罪歴がないか、確認いたしますのでこちらに魔力を通してください」


冒険者ギルドに登録するには銀貨1枚。

たったそれだけである。

あとは犯罪歴がないかの確認だ。

特殊な魔道具には過去の犯罪で登録された魔力データが記録されている。

魔力は一人一人指紋のように異なっている。それはしばしば本人確認に利用される。魔力登録された魔道具は本人にしか使えず盗難防止にもなるので便利だ。転売できないようにする生産者の意図もあるが。


「はい、ぶひ」


わずかに太った男は狼狽えた。だが登録自体は上手くいき彼は安堵してその脂肪を揺らして喜んだ。


「はい、タクマさんですね。登録は完了です。ギルドの説明は必要ですか?」


「なんで名前がわかったブヒ?」


「簡易鑑定は初めてですか? 先ほどの魔道具には犯罪歴の確認と、簡易鑑定、それに偽装解除の術式が組み込まれていますので」


「ふぁんたじ~~ブヒ!」


「ふぁんたじ~?」


なんだかとっても嬉しそうな太った男に、アミナもつられてクスっと笑った。


アミナは可愛らしい受付嬢だ。

少しおっちょこちょいなところもあるが、若く可愛らしくギルドの人気受付嬢である。

そんな彼女と楽し気にしゃべる太った男、新人の冒険者に先輩のいびりが入るのは当然であろう。

それも昼間から酒を飲むクエスト争奪戦に負けた負け犬となれば質が悪い。


「おいおいお~~い? なぁんでオークがぁ、冒険者登録なんかしてんだよぉ? なああ゛?」


「ぎゃは! そんな腹で、おまえっ、っふぁ、冒険者ぁああなめてんのかああん!?」


詰め寄った男たちは太った男の腹を掴み揺らし嗤った。

彼らは酔っぱらっている。昼間から酒を飲むクズ冒険者。

アミナからの侮蔑の視線に気づかない。


冒険者ギルドに酒場を併設する理由はいくつかあるが、クズ冒険者どもが一般人に迷惑をかけないようにという意図もある。

彼らがもし登録前の太った男に絡んでいたならギルドも止めに入ったかもしれないが、彼はもうすでに冒険者だ。

これぐらいのことは自分でどうにかできないようではそもそも危険な迷宮に挑む冒険者には向いていない。


「ぶひ? ぼくちゃんオークじゃないブヒ!」


「あ? いだ、いだだだだあああああ!?」


仕返しとばかりに太った男は腹を掴んでいたクズ冒険者の横腹を掴んだ。

万力のような力で引き絞る。

クズ冒険者の絶叫が響いた。


「おいっ! おまえやめろ!!」


ニヤニヤとみていた残りの仲間二人も太った男を囲む。

1対4。

クズ冒険者たちは飲んでいたこともあって武装はしていないが、まるで魔物退治のように太った男を睨みつけている。


「ちょっと!ハンズさんやめてください! ギルド内での戦闘は懲罰対象ですよ!?」


多少の新人いびりは目をつむるが、本気の殺意を見過ごせない。

アミナは震える手を握りしめて叫んでいた。

アミナの言葉にクズ冒険者たちも威勢を折られる。

彼らとてちょっとからかう程度のつもりだったのだ。 戦闘とは無縁そうな太った男。 脅して飯でもおごらせようとか考えていたにちがいない。


「チッ! おい、おまえ。離せ!!」


「嫌ブヒ。 ちゃんと謝罪してもらうまで離さないブヒ」


「っっちぎれるあああああ!?」


太った男は握る手にひねりを加えた。

握られている男の顔が青ざめてくる。 どんな怪力で握られているというのだろうか?


「コイツ!」


騒ぎすぎた。

周囲の視線は太った男ではなく、ハンズことクズ冒険者たちに向けられている。

この状況下で新人に謝罪する?ありえない。 それならいっそ懲罰覚悟で太った男を斬り倒したほうがマシだ。

ハンズがそう判断し仲間の二人と目をやり頷く。

剣呑な気配が場に広がる。

アミナがその雰囲気に気づき大声を上げようとしたその時だった。


「昼間から何をやっている! ――うるさくて眠れんではないかぁッ!!」


ギルドホームに怒りの咆哮が木霊した。

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