43、変わらない関係なんて、ない・下

 赤時あかときは目を瞬かせて、ちらりと虎門こもんや、高嶺たかみねたちへと視線を向ける。そして再びゆきと向き直った。


七海ななみのいうことは一理あるのかもしれない。確かに私は、自分以外のクラスメイトを観察対象にして逐次記録をとっていた。あおい先生に見せるからきちんと書かないといけないんだと思っていたけど、私自身、入れ替わりの効果に対して興味はあった。なんで男女が入れ替わるだけで、こんなに劇的な変化が起こるのか。逆に、入れ替わりがなかったらなんでこれが起こらないのか。それを考え続けていたら、今に至る」

「ゆきも言っていたが、『入れ替わりが無かったら今と同じ結果は得られない』、とは限らないぞ」


 ゆきと赤時の会話を聞いていたら少し気分が落ち着いたので、俺も会話に加わることにした。表情の読めない視線がこちらを向くが、反対隣にゆきの存在を感じられているだけで、緊張感はだいぶ和らぐ。


「同じクラスで、同じ時期に対照実験をすることはできない。だから入れ替わりが無かった場合の1-Aを想定するのはナンセンスだ。だが赤時は、『入れ替わり=関係性をプラスの方向に大きく変える起爆剤』になると思い込みすぎていないか?

 別に入れ替わりなんかなくたって、人間関係が大きく変わることがある。彼氏がいるお前ならわかるだろう。彼氏ができる前と後で、物の見え方が変わったんじゃないのか。そういうことはいつだって、誰にだって起こりうる。俺たちは入れ替わりというふざけた事象をどうにか乗り切ろうとした結果、今の状況が得られた。だが赤時のように、今の状況全てを入れ替わりに帰結させるのは納得がいかない」

「入れ替わりは事象・きっかけに過ぎない。大事なのはそれを受けてどう動いたのかという過程だ。鳥子ちょうこ、君はきっかけに囚われすぎている。入れ替わりはもう終わったんだ。もはや私たちは、入れ替わりとの因果関係なしに今を楽しんでいる。君も、自分がより楽しいと思える方向で高校生活を送ったほうが、きっと充実した毎日になるんじゃないか。おっと、最後の一言は余計なおせっかいだったな。忘れてくれ」


 いまいちまとまりきらない俺の心情を、ゆきが代弁してくれる。俺たちの顔を交互に見て、赤時は深く息をついた。


「大事なのは今を楽しむこと、か。七海はそういう考え方で生きているんだね。確かにそれも悪くないのかもしれない」


 声のトーンが変わらないので、次に否定の言葉が飛んでくるのではないかと俺は内心身構えた。しかし、俺たちに向けられたのはわずかな微笑みだった。


「七海の話を聞いて思ったよ。私は、入れ替わりに伴う周りの変化に囚われすぎていたのかもしれない。私だって、入れ替わりは経験していなくとも物の見方や考え方は変わっていっていたのかもしれないのに、そこに目を向けていなかった」

「君は変わっているさ。現にこうして、私たちと関わりを持とうとしている。今まではなかったことだろう」

「そうだね。……確かにそうだ」


 頷く赤時に、ゆきは一歩近づいた。さりげなく彼女の右手の甲が俺の左手に触れる。


「私たちの関係だって、ここから変えることができる。私はそう信じているよ。鳥子、もっといろいろな話をしよう。どんな些細な話でもいい。そういう何気ないところから、私たちは変わっていくんじゃないかな。そうだろう、大河たいが

「ああ。そうだな」


 俺と七海が互いを知るにあたって、言葉を尽くすことが何よりも大事だった。もちろんその過程でお互いが大切にしているものを尊重したり、家族の理解を得たりといった要素も必要だった。それでも、はじめの一歩は対話であることに間違いはない。


「七海、並木なみき。今まですまなかった。私はこそこそと観察ばかりしていて、皆の本質を見ようともしていなかった。もっと、皆のことをよく知りたい」

「それは漁火いさりびに報告するためか?」


 いい雰囲気でまとまりそうだったが、俺はあえてくぎを刺す。俺たちのことを詳しく知ったうえで、それも漁火に報告するためなんだとしたらあまりにも信用ならない。


「いや、今は純粋に、個人的な興味関心から来ているよ。それに私自身の変化については、蒼先生に報告していなかったんだ。私は『入れ替わりの対象者』に含まれていなかったからね。だから私自身の好奇心に基づいた行動について、蒼先生には言わないと誓うよ」

「わかった。それじゃあ食事にしよう。いい加減肉も焼けただろうし。お酒は飲めないが『鳥子の新たな変化を祝って乾杯!』と行きたいところだな」

「そこは『俺たちの変化を祝って』じゃないのか」

「確かにそうだな。じゃあ行こう。はなたちも待っている」


 ゆきのいう通り、マシュマロを食べた後らしい野口のぐち野間のま高嶺たかみねと虎門がこちらを見ていた。皆一様に――虎門だけはあまり表情に変化がないが――明るい顔をしている。俺たちの会話が聞こえていたのかはわからない。しかし、少なくとも今は、皆で揃ってこの場を楽しむ心の用意ができているようだ。いまはそれで充分だろう。


 漁火のことについては、まだ考えなくてはいけないことがある。赤時の言葉を完全に信じていいのかもわからない。しかし、俺たちは変わり続ける。漁火の考えも、赤時の考えも、俺の二人に対する考えさえ、変わることがあるかもしれない。今の俺なら、そんな変化も受け入れられる気がしていた。そう思えるのはここにいる皆のおかげだ。

 左を向くと、ゆきが笑いかけてくる。俺のことを理解し、問題が起こったときには一緒に考えてくれる彼女がいてくれたら、今後何かまた問題が発生してもどうにかやっていける気がする。いや間違いなくやっていける。彼女との関係性さえ変化してしまう可能性はあるが、今の俺はそれがマイナスの方向に行かないと信じている。互いのことを信じていれば、きっと大丈夫だ。


「ゆき」

「何だい?」

「これからも、よろしくな」

「こちらこそ」


 にやりと笑みを浮かべたゆきは、触れていた右手で俺をつつき、行くぞと声をかけてくる。これ以上物思いにふけっていて、虎門たちを待たせるわけにもいかない。俺はゆきと連れだって、皆が待つ鉄板のほうへと向かっていった。


<完>

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チェンジ×チェンジ! ~クラスの男子ほぼ全員が隣の席の女子と入れ替わったので、俺は親友におせっかいを焼こうと思う~ 水涸 木犀 @yuno_05

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