42、変わらない関係なんて、ない・上

虎門こもん、それ焼けてる?」

「まだだ。玉ねぎはもう食えるかもしれないが、肉はやめておけ」

「おっけー玉ねぎね。って辛っ!」

「食えるかもしれないとはいったが、焼けているとは言っていないぞ」

竹内たけうちはもう少し、言葉を尽くすということを覚えたほうがいいんじゃないか」


 火の番を黙々としている虎門に、野間のまがしきりに話しかけている。彼がやたらと構いたがるのには慣れてきたのか、目も上げずに言葉だけ返していた虎門だったが、赤時あかときのコメントに対してちらりと視線を向けた。


「赤時には言われたくない。このバーベキューの目的も、何か裏があるんだろう。俺も高嶺たかみねもそれを知らされていないからな」


 虎門の言葉に、場の空気が一瞬固まる。しかしすぐに野間が口を開いた。


「まあいいじゃないの。このメンバーでどっか出かけることなんて初めてだしさ、せっかく誘ってくれたからには楽しもうぜ。赤時ちゃんの彼氏を見てみたい気もしたけど、その人のおかげでこうして集まれたんだもんな。赤時ちゃん、お礼を言っておいてね」

「わかった。必ず伝える」


 どうやら赤時は、野間と野口のぐちを誘う際に「彼氏の友だちとバーベキューをするつもりだったが急遽彼らが来れなくなってしまい、キャンセル料が取られるのももったいないので一緒に来ないか」という名目を口にしたらしい。それが真実かどうかはわかりかねる――俺相手には一言もそんなことを言っていなかった――が、少なくとも野間と野口に疑っている様子は見られない。


「あ、虎門。そろそろいい感じ? 火が通っているやつを教えて」

「気が早いぞ。腹が減ったならパンでも食ってろ。あれなら軽くあぶるだけでいいんだから」

「あ、それなら、焼きマシュマロを食べてみたいな。あれもすぐできるんだよね?」


 野間のすぐ横にいた野口が、そう言って鉄板を見る。おそらく虎門に問いかけたのだろうが、応えたのは野間だ。


「お、デザートにって思ってたけど、月乃つきのちゃんは前後気にしない系? いいねぇ。オレも食べたくなってきたから一緒に作ろう」

「うん」


 買い物袋の中をごそごそと漁りに行った二人をみやり、一歩引いて見ていた高嶺がそっと火のほうへと近づく。


「竹内くん、なにか手伝うことはありますか?」

「いや、大丈夫だ。しいて言うなら野口と野間がやけどしないか見張っていてくれ。あいつらは危なっかしすぎる」

「わかりました」

「心配しすぎだって! 絶対野口ちゃんに怪我はさせないから」


 買い物袋から顔を上げた野間が抗議の声を上げたが、虎門はいっさい反応せず、高嶺もすっと二人のほうへと向かっていった。


「高嶺ちゃんがこっちに来てくれるのは嬉しいけどさ。あ、変な意味はないから誤解しないでね」

「うん。わたしもはなちゃんとはもっと話してみたかったから、嬉しい」

「ありがとうございます」


 野間と話す野口の表情は明るく、以前はつっかえつっかえだった言葉もスムーズに出ている。無口だった高嶺もすぐに二人の会話に加わり、笑顔で言葉を交わしている。


「みんな、入れ替わりを機に大きく変わった。野口と高嶺は特に」


 いつの間にかすぐ横に来ていた赤時の言葉にはっと顔を上げる。


「確かに、入れ替わりがきっかけだったことは間違いないだろう。でも、変わるきっかけなんて人それぞれだ。人間関係はちょっとしたことでマイナスの方に動いたり、プラスのほうに動いたりする。きっと入れ替わりが無かったとしても、入学して数か月で色々な人間関係が築かれただろう。それはそれで悪いものではなかっただろうと、私は思っているよ」


 俺が口を開く前に、反対隣りに立っていたゆきがのんびりと口を開く。手には包丁を持っており、野菜を切る係をしているが赤時との会話で手先が狂う心配はあまりしていない。彼女の料理スキルはなかなかのものだから。


「でも、入れ替わりがあったからこそ、野口は明るくなれたし高嶺も他人とコミュニケーションがとれるようになった。二人にはそれぞれ彼氏もできた。入れ替わりがなければ、これらは起こりえなかったはず」

鳥子ちょうこ。ひとつ私の仮説を言ってもいいか?」

「どうぞ」


 赤時は前を向いていた視線をゆきの方へと向ける。その表情は相変わらず読めなくて、対峙すると緊張する。会話の間に挟まっているだけでそうなのだから、この視線を直に受けているゆきはもっと緊張するのではないだろうか。しかしゆきの表情は落ち着いていて、むしろそれを見て俺が安心させられた。

 ゆきは包丁を置くと、身体ごと赤時のほうへと向き直った。


「君は、クラスの女子で唯一、入れ替わりを経験しなかった。だから漁火先生に目を付けられて、協力体制を築くことになったと聞いている。人間観察が趣味だからその延長線上でやっているのだと。だが、本音では入れ替わった私たちに対して、あこがれと興味があったんじゃないのか?」

「あこがれと、興味?」


 興味はわからなくもないが、あこがれは思考の範囲外だ。俺がおうむ返しに問いかけると、ゆきは俺に向かって頷いてから再び視線を赤時へと向ける。


「彼氏がいる鳥子が、赤の他人である異性と入れ替わったら大問題だ。だから入れ替わりがおきえないことは頭では理解していても、自分以外の女子は入れ替わりで激動な日々を送ることになったんだ。むろん大変なこともあったよ。でも私が鳥子の立場だったら、周りがみんな経験していることを自分だけ経験できないのはさみしくて疎外感を感じるだろうし、何より自分もそれを経験したいというあこがれを抱くんじゃないかと思うんだ」


 俺にはよくわからない考え方だ。しかし赤時には何か感じるところがあったらしい。わずかに目を細めた彼女は、続きを促しているようだった。


「私たちにあこがれた君は、どうせ入れ替われないのならと、入れ替わった人たちにどのような変化が現れたのかを観察することにした。代替行為というわけではないが、それによって少しでも、入れ替わりの気分を味わえるようにな。しかし、大きく変わっていく私たちを見て、君は見ているだけでは我慢できなくなった。より近くで、入れ替わりの効果を体感したい。その思いが、今回のバーベキューに繋がったんじゃないのか?」

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