39、どっちも私なんだ
「ああ、歓迎するよ」
目の前にあった扉が大きく内側に開かれた。扉の取っ手に手をかけた
「じゃあ、お邪魔します」
入り口でにらめっこしているのも変な話なので、俺はさっと目をそらして部屋へと踏み入れる。七海の横に立ったタイミングで、彼女が扉を閉めた。いくら本人の許可を得ているとはいえ、女子の部屋に二人きりというのは緊張する。それは今までの話の流れもあるし、部屋の雰囲気もあった。
七海の部屋は全体的にパステルカラーで構成されていた。薄い水色のカバーがかけられたベッドに、ピンク色の鹿のぬいぐるみがちょこんと置かれている。机と椅子は俺の部屋にある物と大差ない木製のものだが、卓上にやはりピンク色のうさぎらしき置き物が置いてある。
「意外だったか?」
俺の考えを読んだかのように後ろから声をかけてくる七海に、頷きを返した。
「ああ。七海はあまり、物にこだわらないという勝手なイメージがあった。だからてっきり、部屋の中も余計なものを置かない質素な感じを想像していた。ピンク色が好きなのか?」
「色というよりは『可愛らしいかどうか』が決め手になっているな。私はこういう見た目と性格だろう? だからかっこいいものが好きなんじゃないかと思われがちなんだが、全くの誤解だ。むしろ周りからかっこよさを求められる反動で、自分自身は可愛いものが好きになったのかもしれないな。もちろん、かっこいいものが嫌いなわけではないけどね」
「なるほどな」
確かに、クラスメイトたちがこの部屋を見たら驚くだろう。七海が可愛らしいものが好きだという印象は、普通に接していたらまったく受けない。しかしよく考えてみると、小動物のような雰囲気を持つ野口と仲がいいのはそのあたりが関係しているのかもしれない。
「だけど、
「そうだよな。俺の姉さんたちの部屋はもっと雑然としている。むろん、勝手に入ったりはしていないが」
家族とはいえ、七海以外の異性の部屋にずかずか入る人間だと思われたくないので補足しておく。俺を追い抜いて半歩前に出た七海は、振り向きつつにやりと笑みを浮かべた。先ほど見たいと思った表情だ。やはりこの顔が一番、彼女らしいと思う。
「大河のお姉さんたち、というか
七海の言葉で、次姉の姿を思い浮かべる。飄々としているように見えて好き嫌いが激しく、興味を抱いた相手にはとことん関わろうとするが、その逆の場合はしっかり壁を作って距離を置く。七海が次姉の性格をどこまで把握しているのかはわからないが、少なくとも俺から見て二人はあまり似ていないような気がした。
「山吹姉さんは猫みたいなタイプだ。大抵の人間と無難に人づきあいができる七海ほど心が広くない」
「それは、私をほめてくれているのか?」
「そうだな。七海も知っていると思うが、俺は自分にとって大事な人間にしか気を配れない。それは山吹姉も一緒だ。おそらく遺伝なんだろうな。だから七海のように、広く人に関心を持てるのは偉いと思うぞ」
からかい気味の言葉に対し真面目に答えると、七海は肩をすくめて見せた。
「私はそこまで聖人君子ではないよ。確かに大河よりは他人に関心があるかもしれないが、それでも積極的に関わろうと思う相手はごく少数だ。人間、万人に関われるほどキャパシティは広くないからね」
「それはそうだろうな」
一瞬途切れた言葉の合間に、何気なく机の上を見やる。そこには机を傷つけないための卓上マットが敷かれていたが、そのデザインが某リンゴ三個分の体重をもつキャラクターだった。俺の視線に気づいたのか、七海も視線をそちらへ向ける。
「ああ、この机は小学校に入学するときに買ってもらったんだが、セットでこのマットがついていたんだ。あると便利だからそのままにしてある。可愛いし」
「ここでも『可愛いかどうか』が基準なんだな」
「そうだね。もっとも、わざわざ代替品を探すまでもないという意識もあるけど」
七海は机に近寄り、キャラクターの頭を撫でるしぐさをする。
「高校生にもなって、こんな幼稚園生みたいな趣味の机にしておくのは少し恥ずかしい気もするんだけどね。でも、自分の部屋くらいは自分の好きにしておきたいじゃないか。だから私はこれからも堂々と、このデスクマットを使うつもりだよ」
「いいんじゃないか。若干よそゆきの場ではかっこつけようとするのも七海らしいが、根っこの部分、自分らしさの部分はぶれずに大事にしているのも七海らしいと思うからな」
「ありがとう。大河ならそう言ってくれる気がしたよ」
口にした言葉は本心だが、何となく七海に誘導されているような気がしたので、もっと追い打ちをかけてみることにした。
「もっとも、七海にはかっこいい部分も可愛らしい部分もある。例えば誰に対しても物おじせず、堂々と話せるところはかっこいいと思う。他方で、お菓子作りが好きだったり、その理由がなかなか時間が揃わなくて会えないきょうだいたちと一緒に過ごすためというのはかなり可愛げがある」
俺の姉たちにもこれくらいの可愛げがあれば、歴代彼氏たちとももう少し長続きしたのかもしれない……とも思ったがそこは口に出さずにおいた。そのほうが効果的だと考えたからだ。案の定、七海はやや顔を赤らめている。
「前から思っていたが、大河は思ったことをストレートに言いすぎだ」
「本音だからいいじゃないか」
「だからこそ、恥ずかしいんだよ……君は本当に、私のことをよく理解してくれているんだな。
「そうか。確かに俺の中での優先度一位は
この後七海家の男きょうだいと話すことを考えると、彼女のことは名前呼びしたほうがいい。ふとそう思い立ったうえでの発言だったが、思いのほか大きな影響を与えたらしい。ゆきは先ほど以上に顔を赤くした。
「突然、名前呼びにするんだな……びっくりするじゃないか」
「ゆきはだいぶ前から、俺のことを名前で呼んでいるだろう」
言い返してやると、七海はふいと顔をそむけた。さすがにからかいすぎたかと思ったが、再び俺に向けた目が輝いていて、俺はどきりとした。
「そうだな。じゃあこれからはお互いに名前で呼び合おう。よろしくな、大河」
「あ、ああ」
俺が動揺してどうする。そう考えながらも鼓動が不規則に動くのはどうしようもなくて、それでいて七海から目をそらすこともできずにいた。
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