38、それでも、一緒にいたい

「話は元に戻るが、私は大河たいがとこれまで通り、楽しく日々を過ごしたいんだ。たとえ周りが何と言おうと、私にとって君が大切な存在であることに変わりはないから。はなのように、付き合ってくださいと言うつもりはないよ。でも、大河と一緒に楽しく生きている限り、別の人と彼氏になることは考えられないがな」


 それは実質告白なのではと思いつつ、若干パニックを来たしている頭の中で何とか冷静に彼女の言葉の中身を咀嚼しようと努める。


「……俺も、同じ気持ちだ」


 かなり間を開けてしまったが、その分心の底からの声が出た。


「俺も、七海ななみと勉強会をしたり、色々話をしたりして過ごしたい。付き合うという概念はやはりまだよくわかっていないが、俺たちが望むことをするためにその称号が必要ならば、『付き合う』のもやぶさかではない」

「無理に、付き合う付き合わないを考える必要はないんじゃないか?」


 少し調子を取り戻してきたのか、七海の声は先ほどまでより少し張りがあった。


「華と竹内たけうちの関係性と、私と大河の関係性は違う。人それぞれ、異性とのかかわり方があっていいんだと思うんだ。周りが何と言おうと、私たちの間で合意が取れているのなら、それで充分だろう。お互いに言葉を尽くして、納得する。そのうえで成り立つ関係性が続くことを、私は願っているよ」

「同感だ。だが、七海のきょうだいたちはそれで納得するのか? そもそも七海が悩み始めたのは、ほたるさんや心之介しんのすけがお節介を焼いてきたのがきっかけだろう。そこはどうにか対応を考えたほうがいいんじゃないか」


 七海と意思疎通が図れたことにほっとしつつ、次の段階のことを考える。とにかく、お互いの考えを確かめられたところまではよい。数時間前と比べてだいぶ前進している。となると次に、そもそも彼女を悩ませる原因を作ったきょうだいたちへの説明を考えなければならない。


「そうだね。心ちゃんも蛍兄さんも心配性だから、私ではなく大河に突っかかっていくかもしれない。いさおは大丈夫だろうけど」

「容易に想像できるな」


 表情の読めない蛍さんの笑顔と、こちらを探るような目を常に向けてくる心之介の顔を思い出して、俺は苦笑する。一番下の弟にあたる功とは顔を合わせたことがないが、七海が大丈夫だというならさしあたって気にする必要はないだろう。


「七海のきょうだいには、俺たちが付き合っていると言っておいたほうがいいかもしれないな。蛍さんも心之介も鋭いから、俺がそう言ったところで納得してくれるかはわからないが」


 特に心之介には、七海を異性として見ていないという話をしたことがある。そんな俺が急に付き合うことになったと言ったって、疑いの目を向けられることは目に見えている。


「そのときは私も加勢するよ。蛍兄さんも心之介も過保護なんだ。確かに家族に守られ、助けられてきた点も多いけど、大河のことについて私は譲るつもりはない。だけどいいのか? 私と付き合っているなどと言って。言質を取られて後々面倒なことになるかもしれないぞ」

「それは構わない。言っただろう、俺も七海と同じ気持ちだって。二人で楽しくやっていけるなら、ほかに彼女を作ろうとは思わないと。だったら、周りには付き合っていると説明したほうがお互いに楽だし、誰に迷惑をかけるでもない」

「そうか」


 七海の声には心なしか、安堵の気持ちが含まれているように感じられた。


「ならば、あとで下に行って蛍兄さんと心之介に話をしようか。こういうことはさっさと終わらせておくに限るからね。二人とも今日は家にいるはずだから」

「ああ、心之介にはさっき会ったよ」

「そうだったね」


 ふっという笑い声が扉越しに聞こえる。久しく目にしていなかった、にやりとした笑みを彼女が浮かべているさまが想像できた。せっかくここまで近くにいるのだから、直接見たかったなどと考えていると、彼女の改まった声が聞こえた。


「その前に、大河に頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

「なんだ?」


 二、三拍置いてから、七海がふーっと息を吐く音がした。


「大河には、私のことをもっと知っておいてもらいたいんだ。確かに君は、私のことを他のクラスメイトよりもよく知っている。でも、私のきょうだいたちほどじゃない。先ほどは今まで通り楽しく生きていきたいと言ったが、もっと楽しく生きていきたいという願望もあるんだ。だから、そのためにもお互いのことをより知っておく必要があるんじゃないかと思ってな。手始めに、私のことを紹介したいと思う」


 焦っているのか、緊張しているのか、七海の言葉は少し硬い。わりあい論理的に話すことの多い彼女にしては混乱している話し方にもなっている。しかし、言わんとしていることはなんとなくわかった。


「確かに、お互いのことを知るのは大切だな。俺も、七海のことをもっと知りたいと思う」

「ありがとう」


 明らかにほっとした雰囲気の七海は――扉越しなのに、これだけ感情が伝わってくるのが不思議だ――、次に思いがけないことを口にした。


「であれば、私の部屋に招こう。大河、入ってきてくれるか」

「いいのか? 一応、女子の部屋に入るのは遠慮していたんだが」


 俺は今や七海の家に行くこと自体は抵抗を感じなくなっているが、さすがに部屋に入るのはどうかと思っている。きょうだいたちの目があるとはいえ、倫理的にあまりよろしくないのではないか。


「おや、さっき君は言ったじゃないか。蛍兄さんや心之介には、私たちが付き合っていると説明するつもりだと。であれば、七海家における君の立ち位置は私の彼氏だ。彼氏なら、彼女の部屋に入るのは何らおかしなことではないだろう」

「はじめから、そういう話の方向に持っていくのが狙いだったのか」

「心外だな。私は大河の気持ちを尊重しているつもりだよ。ただ、私のことを知ってほしいというのは私のエゴだ。乗るか否かは、大河に任せる。前提として私の部屋に入っていいのか否かという問題は気にしなくていいというだけの話だ」


 なんだか上手く丸め込まれた気がしないでもないが、この話を切り出すとき七海は緊張しているようだった。彼女なりに、色々考えた結果の提案なのだろう。それにお互いに思っていることは口に出すべきだと先ほど学んだばかりだ。俺も自分の心の向くままに従うのもありだろう。


「わかった。七海がいいというなら、部屋に入れてもらえるか」

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