34、俺たちはどうするべきなんだ・上

大河たいが、疲れてるのか?」

「いや別に」

「そうか」


 虎門こもんは深く追及することなく、視線をテレビゲームへと移した。と同時に、俺が操作していた二頭身のキャラクターが奈落の底へと突き落とされる。

 俺は虎門の家にお邪魔していた。彼の家にある対戦型ゲーム機で遊ぶために、中学時代は毎日のように彼の家を訪れていた。だが高校生になってからは、虎門が卓球部に入ったこともあり少し、足が遠のいていた。いやそれだけではない。入れ替わりの影響で、七海ななみの家に行く頻度のほうが高くなってしまったというのもある。決して、七海のほうが虎門より優先度が高かったわけではない。彼女のほうが虎門より押しが強かったから、という面は否めないが。


 ともかく、虎門の家に来るのは久しぶりだった。珍しく虎門の方から、「週末うちに来ないか?」という提案を受けたのだ。断る理由もなくだらだらとゲームをして、今に至る。


「虎門こそ、ちょっと変じゃないか? このゲーム対戦でこんなに泥仕合になるの、滅多にないだろう。お前のほうがゲーム上手いんだし、いつもはもっと虎門の圧勝で終わるから」

「まあ、そうか。確かに万全の状態ではないかもな」


 相槌を打つ虎門の言葉は歯切れが悪い。彼も何か、気になっていることがあるのかもしれない。

 そう邪推したくなるのは、数日前赤時あかときと話した内容が頭から離れないからだ。あの日以降彼女とは話していないし、互いに会話が聞こえる距離まで近づいたことすらない。もともと親しくはなかったものの、彼女が漁火いさりびとつながっていることがわかってからはますます近づく動機が薄くなった。

 それに、個人的に赤時は少し苦手なタイプだ。感情が読めない所とか、それでいて我が強いところとか、俺のことをよく知りもしないくせに勝手に観察して、余計なことを言ってくるところとか。


『思わせぶりな態度で女子を待たせる男は罪だ』


 赤時に何がわかるのだと、家に帰ってから何度も心の中で反論を試みた。しかし、脳裏に七海の姿がよぎった瞬間、反論する言葉が封じられる。俺は、七海との関係は「現状維持」で構わないと思っていたし、彼女もそうだろうと解釈していた。しかしここ最近の微妙に距離ができている状態は、「現状維持」とはいいがたい。少し前の、七海の家で勉強会をしたり互いのことを相談しあったりする関係に戻るにはどうすればいいのか。

 日常的に七海のことを考えているわけではない。しかし、ふとした瞬間にその疑問が漠然と頭をもたげてくる。赤時と言葉を交わしてからは特にそうだ。彼女の言葉からは、何も行動を起こしていない俺が悪いのだと責める意図を感じる。


(俺は、七海を待たせている状態なのか?)


 だが、何から、何故待たせているのかはさっぱりわからない。考えはいつも堂々巡りして、袋小路に迷い込んだかのような錯覚を覚える。しかし七海本人に尋ねるのも何か違う気がして――赤時の言葉に従うかのようで癪でもある――曖昧な気持ちのまま今に至る。


「大河? やっぱりちょっと調子が悪いのか?」


 虎門の声掛けで我に返る。親友の前で考え事をするなど、俺はよほど赤時に言われたことが気になっていたらしい。今は自分のことよりむしろ、本調子ではなさそうな虎門のほうへと意識を向けるべきだ。


「いや、大丈夫だ。むしろ虎門こそどうしたんだ。本調子じゃないっていうのは。俺が聞いていい話なら聞くぞ」

「そうだな……」


 虚空を見やった虎門は、ちらりとテレビ画面に視線を移してコントローラーから手を離した。


「正直、大河にも話すべきかどうか悩んでいるが、いずれわかることだろうからな。一旦おれの部屋に行こう。もうゲームはいいよな。お互いそんな気分じゃないだろう」

「そうだな」


 だらだらゲームをするのも悪くはないが、それより虎門の話を聞くことのほうが大事だ。俺はゲーム機を片付ける虎門を手伝い、彼に従って個室へと向かった。


・・・


 虎門の部屋はやや狭めだ。ベッドと机が直角になるように置かれ、ベッドと反対の面には本棚が並んでおり人が歩けるスペースはほんの少ししかない。ゆえに彼の家に遊びに来るときはリビングでダラダラするのが専らなのだが、今日に関しては話は別だ。俺は虎門に勧められるがままベッドの端に腰かけ、虎門が机に備え付けの椅子に座る。斜めに向かい合う形になったが、俺たちの距離は近い。文字通り「ひざを突き合わせて」といった様相だ。


 虎門はしばらく無言だった。話すか否かも悩んでいると言っていたから、口に出すのはためらわれるのかもしれない。元々彼は口数が多いほうではないので、二人でいて沈黙が場を支配することは珍しくない。じっと見つめるとかえって話しづらくなるのはわかっている。だから見るとはなしに本棚に並べられている本を眺めながら、彼が口を開くのを待った。


「話は、高嶺たかみねのことだ」


しばらくして発せられた言葉に、そうだろうなという思いと相談相手として俺は役不足なのではないかという思いが混在する。いままで高嶺絡みの話はいつも、七海も交えて話を聞いてきた。今回もそうすればいいのかもしれないが、これだけ話を切り出すのを躊躇っていた虎門のプライベートな話を、第三者にするのも気が引ける。ともかく話を聞くしかない。


「高嶺にこれからも仲良くしてほしいと言われてから、教室で普通に話すようになった。大河や七海が言っていた通り、おれたちが話していることでクラスの奴らに何か言われる、ということはないから問題ない。そう思っていたんだ」

「確かに、むしろ高嶺のとっつきにくさが多少軽減されて、他の人も話しかけるようになっているんじゃないか?」


 俺の補足に虎門は頷く。


「ああ。高嶺サイドからすれば、声を出せなかったころに比べてだいぶ生活しやすくなったんじゃないかと思う。だからおれも、現状維持でいいと考えた。だが高嶺は違った」


 現状維持を望むが、そうはいかなかった。何だか身に覚えのある話で、続きを聞くのが怖くなる。しかしここまで前座を説明させておいてストップをかけるのは誠実ではない。俺は視線で続きを促した。


「一昨日、高嶺に告白された」

「告、白?」


 唐突に告げられた思いもよらぬ言葉に、俺はおうむ返しをすることしかできない。思い返せば、虎門ともっと仲良くしたいと電話してきた高嶺は、彼に対して明らかに人並み以上の好意を抱いていた。ならば告白をしようと考えたのも自然の理なのかもしれないが、虎門側からしたらどうなのか。

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