35、俺たちはどうするべきなんだ・下

大河たいがも知っている通り、俺はあまり女子と関わりたくない。それでも高嶺たかみねとは関わることに決めたのは、そうするほうが彼女にとってプラスになると、本人に力説されたからだ。七海ななみにも色々言われたがな。だから今回も聞いたんだ。なぜ、告白するつもりになったのかと」

「ああ」


 虎門こもんは小さくつばを飲み込んだ。


「高嶺曰く、ここまで積極的に関わりたい、今後も話していきたい、もっと仲良くなりたいと思った人間はおれが初めてらしい。だから、このつながりをもっと強固なものにしたいんだと」

「付き合うイコールつながりが強固になるのか? 告白されたばかりのタイミングで言うのもあれだが、もし別れることになった場合、普通に友だちでいるときよりも関係性は希薄になるんじゃないのか? 恋人づきあいっていうのは、そういうリスクもあるだろう」

「……やっぱり、大河に話して正解だったな」


 我ながらけっこう不躾なことを言ったと思うが、虎門はむしろわずかに口角を上げた。彼がこういう性格だから、友だちを続けていられるのだと痛感する。


「おれも、そのあたりはよくわからなかった。大河も知っている通り今まで彼女がいたこともないし、兄弟もいないから見本にできる対象もいない。だから、高嶺には悪いが答えは少し保留させてもらった」

「そうか」


 高嶺の側に立ってみると残念な気もするが、俺は虎門の味方だ。彼がそう判断するなら、意向を支持したい。ただし、と虎門は言葉を続ける。


「おれは高嶺が嫌いなわけじゃない。保留させてほしいと返答したとき、それもはっきり伝えたんだ。そうしたら高嶺はこう言った。『わたしは中学時代、たくさん後悔をしてきました。もう、人間関係で後悔したくないんです。竹内くんともっと仲良くなりたい、その思いに反することはできません。竹内くんがどういう選択をしても、わたしは後悔しません。だから竹内くんも、一番後悔しないと思える答えを出してくれたら嬉しいです』とな」

「後悔しない、か……」


 数多の彼氏を作ってきた姉たちを見ていて思うのは、彼氏を作るという行為は結局、当人たちの自己満足だということだ。いずれ別れるのに「彼氏を作った」という事実に満足している彼女らを見て、もっと有益なことに時間を使ったらどうかと思ったこともしばしばある。

 高嶺の考えも、姉たちの考えの延長線上にあるような気がする。後悔しないということは、つまり今の自分が最も満足できるような言動をとるということにつながるからだ。だが他方で、「後悔しない」にはもっと長期的な意味合いも込められている気がする。

 後悔というのは、後から振り返ったときにするものだ。単なる自己満足とは違い、先のことを考えて今の行動を選ぶふるまいが、後悔しない生き方に繋がるだろう。となると高嶺は、告白の結果がどうなろうとも、告白をしない場合に比べて後悔が少ないと判断したようだ。


「高嶺の話を聞いてから今まで、おれは自分がどうしたら後悔しないのか、考えている。彼女は女性として魅力的だし性格もいいことは知っている。だから客観的に判断したら、告白を断るほうがどうかしていると思う」


 一拍呼吸を置いた虎門は、それに、と言葉を続ける。


「おれが返事をためらっているのは、どちらの答えを出すにしても、ベストだと思っていた現状維持が達成されないからだ。おれにとって最も後悔しない選択肢が『現状維持』なのだとすれば、それはもう叶わない。告白されてしまった以上、YesでもNoでも高嶺との関係性は変わる。だったらどちらを選んだほうが、よりよいのかを考えないといけない」


 それはそうだろう。虎門の言いたいことはよくわかる。告白を受ければ今より親密になりうる反面、破局して極度に疎遠になるリスクもある。他方で断れば相手の思いを無下にしたことになり、多少のきまずさが生じるだろう。それを理由に距離ができるかもしれない。「自分と関わった人が嫌な思いをしてほしくない」という考えを持つ虎門であれば、どちらもマイナスの結果が導かれる可能性があるから悩むだろう。


「二日ほど考えているが、おれは前向きに検討するつもりだ」


 だから次に彼が放った言葉は予想外のものだった。


「前向き、っていうのは告白を受ける方向で考える、ということか?」

「ああ」


 思わず念押ししてしまった俺の言葉に頷くと、虎門は俺の目をしかと見据える。


「大河の言う通り、別れた時のリスクを考えると、告白を受けることで高嶺により迷惑をかけるおそれがある。だが他方で、彼女がおれに愛想をつかす以外の理由で別れることはありえるのだろうかとも思っている。高嶺は、おれがどんな選択をしても後悔しないと言っていた。ならば、彼女の言葉を信じてみるのもありだと思っている。彼女はその場しのぎで適当なことを言う性格ではないからな」

「そうか。俺にできることはないと思うが、応援するよ」


 彼の言葉からは、高嶺に対する信頼が深く感じられる。相手のことを信じられるのなら、告白を受けてもいい。虎門がその思考でいるならば、高嶺の想いは成就する可能性が高そうだ。七海が聞いたら喜びそうだと思っていると、虎門がなおも俺のことをじっと見つめていることに気づいた。


「おれの話は以上なんだが、大河はどうなんだ。あまり触れてほしくないのかと思ってさっきは流してしまったが、疲れている理由は七海が絡んでいるんじゃないのか?」


 突然飛んできた剛速球に、俺は一瞬呼吸を忘れる。赤時あかときにも同じようなことを言われたが、漁火いさりびと結託しているあの女とは違い、虎門は真摯に俺のことを心配してくれている。それに彼の突っ込んだ話を聞いた後だ。適当にごまかすのは失礼だろう。


「途中までは虎門と同じだ。七海とは現状維持の関係でいたいと考えている。だが、この前七海の家に行った後から彼女の様子が少し変でな。家で、彼女のきょうだいたちに色々言われたのが原因だとは思っているんだが、その話を触れたらもっと『現状維持』が難しくなるような気がしていて、触れられずにいる。ただ、このままの状態でいることで、俺が考える現状維持が達成できるわけではないことはわかっているんだけどな」


 七海について思っていることを初めて口にしたので、たどたどしい言い方になってしまった。それでも虎門は意図をくみ取ってくれたらしい。


「告白ほどラディカルなことではないが、『現状維持』を揺るがすようなことを周りから言われたということだな。であれば、大河なりに何らかの答えを出すしかない。理不尽だと思うかもしれないが、能動的に動かないと関係性はマイナスの方向に転がり落ちて行ってしまう。向き合うべき話題を互いに避け続けていたら、信頼関係も揺らいでいくからな」

「ああ……」


 先ほど自分でその可能性に思い至っていたので、唸るしかない。何かしら七海に対してアクションを起こさなければならないことは今日の会話でわかった。だが、具体的に何をすればいいのかがさっぱり思いつかない。


「異性とのかかわり方は、皆同じわけじゃない。おれと同じである必要は全くない。だからこそ人の話を聞いても参考にできるところが少なくて、難しいんだがな。ただ、少しずつ前に進めばいいんじゃないか。大河自身が納得できるやり方で」

「そうだな」


 俺が七海に対してどう向き合うべきか、結論はまだ出ていない。しかし無意識下で頭から追い出すのはもうやめる。七海にしっかり向き合わないと人として失礼だ。それがわかっただけでも、今日は収穫があった。つくづく俺は友に恵まれた。後は俺自身が納得できる方向性を考えなくてはならない。

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