23、虎門の過去

 先ほど高嶺たかみねに問われたのはいきなりだったから、虎門こもんが女子と距離を置きたがる原因について話すのは憚られた。友人だからこそ、個人の事情を他人に気安く口にする気にもなれない。

 そもそも、今まで彼の過去について他者から説明を求められる機会などなかった。虎門は目立たず生活していたし、女子と口をきかないのは人見知りだからで済まされることが殆どで、特に疑問を持たれることもなかった。虎門もそれをよしとしていたので、ひっそりと、女子とは距離を置いて日々を過ごせていたのだ。

 そこに自ら切り込もうとしたのが高嶺。七海が言っていた好意うんぬんは置いておくとしても、「例の一件」以降、虎門に自ら関わろうとする女子は初めて見た。正直なところ、俺も虎門のポリシーはいつか変えるべきだとは思っていた。今がそのチャンスなのかもしれない。


「本当に大河たいがは友人思いだな」


 あれこれ考えを巡らせていると、穏やかなアルトの声が耳に届く。身を乗り出すのをやめた七海ななみが、頬杖をついてこちらを向いていた。


「友人についてそこまで考えられるなんて、なかなかできないことだ。少なくとも私は大河と同じように思える友人はいないよ。残念ながらね」

「いくら友人とはいえ、虎門は他人だ。どこまで踏み込んでいいのか、わからない」


 思わず悩みが口から洩れる。いつもの七海だったらどんどん首を突っ込めと言ってきそうだが、彼女はうーんと唸って視線を外した。


「難しい問題だな。身近な人間……例えば家族だとしても、踏み込んでいいラインとそうではないラインがあるからね。だが一つだけ言えるね。大河の友人思いな性格を、竹内たけうちは確実に知っている。ならば、大河が踏み込むにせよそうではないにせよ、君の行動が悩みぬいた結果だということはわかってくれるだろう」


 思いがけない指摘だった。俺に都合の良すぎる解釈かもしれないが、他方で七海が言っているのは、虎門を信頼しろということでもある。俺のお節介な性格(ただし友人に限る)を彼が理解していないはずがない。だったら少しだけ、高嶺の背中を押してやってもいいのかもしれない。結局、自らのポリシーを曲げるか否かを最終的に判断するのは虎門自身だ。

 今回の高嶺の相談は、虎門をいい方向に変えるきっかけになりうる。ならば虎門の友として、そのきっかけを掴めるようアシストするのもありだろう。


「高嶺になら、虎門を任せてもいいかもしれない。だがいったん考えを整理したい。七海、勉強の途中で悪いが話を聞いてくれるか。虎門がなぜ女子と距離を置きたがるのか、それを踏まえて高嶺と壁を作らず会話できるようになるにはどうすればよいのか、考えたいんだ」


「構わないよ。実を言うとさっきのはなとの会話の内容が気になっていたからね。竹内の頑なな態度の理由も気にかかる。どちらも教えてくれるなら、ありがたい。もちろん他の人には言わない」


 妙に理解がある七海に頷き、俺はどこから話すべきかを考えた。


「俺と虎門は、小学校五年生から同じクラスで仲が良い。当時の虎門は、大体俺と同じような感じで、男女問わず普通に話をするタイプだった」

「何かあったのは中学校の時、ということかな」

「ああ」


 肯定しつつ、続きを思い出しながら口にする。


「中学校一年の秋ごろ、虎門は隣の席の女子とよく喋っていた。まあ、俺らみたいに男女問わずほどほどにコミュニケーションをとるタイプの人間なら、異性で一番よく話すのは隣の席の人、という風になるのは自然だと思う。当時の虎門も例外ではなかったというわけだ」


 一拍おいて、更に先へと進む。


「だが、相手の女子は他の女子から若干疎まれていてな。男子と楽しそうに話す様子が我慢できなかったらしい。その女子は、虎門と話していることを理由にいじめられるようになった」

「いじめグループの女子の中に、竹内のことを好きな人がいたんじゃないのか? だからやっかみを言われるようになったという風に考えられる」

「ああ、その可能性もあるのか」


 今まで思い至らなかった可能性を指摘され、俺は唸る。確かに、男女問わず普通に話していたとはいえ、虎門は当時もクラスで目立つタイプではなかった。なのになぜ、ピンポイントでいじめが起きたのかと思っていたがそういうわけか。


「大河は周りの人のことをよく見てはいるが、色恋沙汰には疎いんだね」

「俺自身が興味がないからな」


 七海の指摘を軽く流しつつ、話を元に戻す。


「それで、虎門は彼女と話すのをやめた。だが時すでに遅しで、女子同士のいじめは止まらない。最終的に、件の女子は不登校になった。そこからだ。虎門が女子と関わるのをやめたのは」

「竹内は、彼女に恋愛感情はあったのか?」


「たぶん無かったと思うぞ。普通のいちクラスメイトとして接していた一環で、その女子とも話していたはずだ」

「そうか。どちらにせよ不憫な話だね。竹内自身は悪いことをしていないのに、自分の行動が原因で女子のいじめを作ってしまったんだろう? ある意味華以上に、理不尽かもしれないな」


 苦々しい表情を浮かべる七海は、わずかに天を仰ぐ。


「だとすると竹内は、『自分が話したことをきっかけに相手の女子がいじめられるのが嫌で、女子と話さなくなった』というわけか」

「ああ。正確には、『自分と関わることで嫌な思いをする女子が二度と生まれてほしくない』と言っていた。女子と口をきかないのはその結果生じた行動だ」


「なるほどね。だったら、竹内に逆の経験をさせればいいわけだ」

「逆の経験?」


 おうむ返しに問うと、七海は視線をこちらに戻して頷いた。


「竹内と関わっても嫌な思いをしない、むしろ関わることを喜ぶ女子が現れれば、竹内のポリシーは揺らぐだろう。『関わったすべての女子が嫌な思いをしない』というのは難しいかもしれないが、『積極的にかかわりを持とうとする女子を邪険にする』ということはなくなっていくんじゃないのか」

「確かに」


 高嶺から電話を貰ったとき、俺もそれは考えていた。今の彼女は、虎門と積極的にかかわろうとしている。恋愛感情があるのかどうかはわからないし、俺にとっては重要ではない。大事なのは、虎門が女子と距離を置くようになってから、そのような態度をとる女子が現れたのは初めてだということだ。


 彼女の今後の虎門へのかかわり方いかんで、虎門のポリシーにわずかながらも変化が生じるかもしれない。そして、それは決してマイナスの方向には傾かないだろう。高嶺は決して強い人間ではない――強かったらそもそも声を出さないなどという縛りを設けていない――が、俺たちのクラスに「虎門と喋っていることを理由に、高嶺を攻撃する人間」が現れるとは思えない。

 それに、虎門自身も高嶺を嫌ってはいないように見える。昼食の時は普通に喋っているし、音読の一件からしても高嶺のためになることを考えて行動に移している。だったら、彼女は虎門の頑固なポリシーを揺るがすのには最適な人材なのかもしれない。


「高嶺の言動如何で、虎門は変われるかもしれない」

「ああ。大河、この件はいったん、私に預けてくれないか? 私から華に話をしてみるよ」

「いいのか?」


 高嶺から相談を受けたのは俺だ。そこに第三者の七海が入ってきたらややこしくならないかと思ったが、彼女は任せておけとでもいうように己の胸を叩く。


「竹内の過去の話はぼかして、華の意向を確認してくる。こういうのは、女子同士で話したほうが上手くいくものだ」

「わかった。任せる」


 七海に相談してよかった。確かに俺から高嶺に話をするのは少しハードルが高い。会話に慣れてきたとはいえ、先ほど七海にした話を彼女にするのは若干抵抗があった。七海はうまくぼかしてやってくれるそうだから、ここは信頼して任せた方がよいだろう。


「決まりだな」


 俺たちは頷きあって、本来の目的――勉強会――に戻るのだった。

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