3章 虎門のことは俺たちで助ける

22、勉強会という名の作戦会議

「結局、勉強会は続けるのか」

「別にいいじゃないか。お互いの得意分野が違うのだから、教えあうことによる相乗効果があるからね。それに、大河たいがは私の家に来ることに慣れただろう?」

「なんだか漁火いさりびの思惑通りに事が運んでいる気がして、腹が立つ」


 俺がむすっとして答えると、七海ななみは声をあげて笑った。豪快な笑い方だが、大柄な彼女がするとあまり違和感はない。


「思惑通りだろうとなかろうといいじゃないか。大事なのは、私たちが今どうしたいか、だ。自分が生きたいように生きられているなら、それに越したことはない」


「姉さんがいいならいいけど。僕は認めてないからね」

しんちゃん」

「その呼び名やめてってば」


 むすっとした顔で台所から顔を出したのは、七海の弟の心之介しんのすけだ。一度けん制めいたことを言われたほかは特に何もアクションを起こしていなかったが、入れ替わり解消後もなお七海家に居座る俺に思うところがあるらしい。


 冷静に考えて、彼氏でもない男を、入れ替わりというわけありの理由がなくなった今も毎週のように家に招いている状況はあまりよろしくないのだろう。俺もその意識はあるが、七海が全く気にする様子がないのと、確かに二人だと勉強がはかどることを知ってしまったので今さらルーティーンを変えるのは惜しいと思ってしまい今に至る。


「大河がさっさと覚悟を決めないなら、家から追い出すからね」

「覚悟?」

「意味がわからないほど鈍くないでしょ」


 それだけ言い捨てて、心之介は二階へ上がっていく。


「何の話だい? やっぱり大河、心ちゃんと二人で何か話したのか?」

「いや」


 首をひねる七海の横で、俺は痛いところを突かれて息苦しくなる。心之介の言わんとすることはわかる。今後も七海の家に頻繁に訪れるつもりなら、彼氏彼女の関係になれということに違いない。しかし、俺は彼女とそういう関係になりたいわけじゃない。むろん、七海に彼氏ができた場合俺の存在が邪魔になるというのは百も承知だ。その場合は大人しく身を引くしかないだろう。

 だが現時点で全く兆候がない以上、そしてなにより七海本人が嫌がっていない以上、現状維持でもいいんじゃないか。そんな甘い考えが俺の判断を先送りにさせていた。

 俺の中途半端な態度が、七海の家族を不快な気持ちにさせている可能性は大いにある。心之介ほどストレートに言ってこなくても、他の家族だって同じ気持ちかもしれない。それでもなお、俺は七海を恋愛対象として見ようとする気にならなかった。


「そういえば、竹内たけうちはなはどうなったんだ? 私はあの二人とはたまにしか話していないが、ずいぶん親密になっている様子だったぞ」


 俺がぐだぐだ考えている間に、七海はさっさと話を切り換える。俺も気になっていた話題なのでありがたい転換だった。


「放課後どうしているのかは知らないが、頻繁にメッセージをやり取りしているとは聞いた。話が合うから、メッセージもかなり長時間往復するらしい」

「ほう。主にどっちから送っているんだろう? 華か?」

「たぶんな。いくら相手が高嶺たかみねとはいえ、虎門こもんが女子に積極的にメッセージを送るのは想像しがたい」


 俺の返答に、七海は笑みを深くする。


「それは、脈ありってことじゃないのか? 華は竹内に気がある。この前、入れ替わり前に進路指導室でお昼を食べた時もちょっと思ったが、割と確信があるぞ」

「人のそういう話を面白がるなよ。第一、虎門は望んでいないはずだ」

「わからないぞ。前から竹内は女子を避けているという話は大河から聞いているが、今も同じとは限らない。現に、華との会話を避けているようには見えないからな」


 俺には全く理解できないが、いわゆるコイバナというやつにご執心な女子が一定数いることは知っている。さばさばした七海もそういうことに興味があるのは意外な気がしたが、よく考えると彼女は好奇心の塊のような人間だ。恋愛事だろうと何だろうと、興味をひかれたことについてはとことん追求したくなるという性格をしている。コイバナに関心があるのもその一環だろう。

 それに、BIG4の頂点に立つ高嶺のコイバナともなれば、七海ではなくとも興味を引かれる人は多そうだ。正直、俺としては虎門が嫌な思いをしなければどうでもいいんだが。


 ふいに、机に置いてあった俺のスマホが震える。以前は尻ポケットに入れていたのだが、入れ替わりで服装が変わった影響で、机に置くのが癖になったのだ。その結果、発信元が七海にも見えたらしい。


「噂をすれば華じゃないか。華から大河に電話とはね。どういう風の吹き回しだ?」

「さあな。出るぞ」

「どうぞ」


 理由は俺にも全くわからない。七海に断りを入れてから、俺は応答ボタンを押す。


「高嶺、どうした?」

『並木くん、ですよね。あの、相談したいことがあって』


 電話越しの高嶺は、おそらく姿勢をぴんと伸ばして緊張気味に話しているのだろう。一か月ほど一緒に弁当を食べた仲だ。彼女の様子は容易に想像できる。


「俺に相談って、虎門のことか?」

『はい。竹内くんは、女子を避けていますよね? それは私でもわかるんです。でも、理由がわからなくて。竹内くんは優しいですが、常に壁一枚隔てて接している感じがするんです。それは少し寂しいです。もし、理由が私にあるのなら、直したくて。並木くん、心当たりはありませんか?』


 高嶺の問いかけに、俺は内心頭を抱える。ここで、高嶺のせいではないというのは簡単だ。実際のところ、虎門は彼女を避けているのではなく、女子全般と距離を置いているだけである。人として嫌っているわけではないのは普段の言動を見ていればわかる。

 しかし、そう答えてしまったら今度は、じゃあどうすればいいのかと問われるのは火を見るより明らかだ。俺自身は、虎門のポリシーを尊重したいと思う。他方で、このままでいいのかという疑問も湧く。


『黙っているだけじゃ、何も変わらないからな』


 高嶺のトラウマ相手と対峙した後、虎門が発した言葉を思い出す。あれは高嶺に対して言った言葉だったが、虎門自身は己のことをどう思っているのだろうか。


「心当たりは、ある。俺から高嶺に言っていいものか判断できないから、今は教えることができない。だが、ひとつだけ言えるのは、高嶺に非はない」

『だとしたら、わたしはどうしたらいいんでしょうか』

「ちょっと考えさせてもらってもいいか。俺も、虎門がこのままでいいとは考えていないから」

『わかりました。また話しましょう』

「ああ」


 通話を切ると、七海が興味深そうにこちらに身体を乗り出してくる。


「やっぱり竹内のことか。何だって?」

「ちょっと待ってくれ。考えを整理するから」


 俺は七海が身を乗り出してきた分一歩引きながら、どうするべきか頭を回転させ始めた。

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