24、君は変わりたいか?

「呼び出してすまない」

「いいえ。今日は部活もない日でしたから」

「よかった」


 私とはなは進路指導室にいる。秘密の話をするには屋上あたりが定番な気もするが、残念ながら我が高校の屋上は閉鎖されていて、中に入ることはできない。ならば華が普段昼食をとっている進路指導室が一番安全だと考えた次第だ。竹内たけうちは今日は部活のはずだから、この部屋に来る可能性は限りなく低いというのは大河たいがの談だ。

 奥のソファ席に腰かけ、背中をぴんと張っている華は明らかに緊張している。私は背が高いせいか、一対一で同性と向かい合うと緊張させてしまうことが多い。しかし、今回については話の内容が予想できないからという意味合いもあるかと思う。彼女を安心させるために、すぐに本題に入ることにした。


「大河から話はおおよそ聞いたよ。華、竹内ともっと話せるようになりたいんだよな?」


 切り出した言葉が予想外だったのか、華は目を瞬かせる。目が大きい彼女がその動きをすると小動物のようで可愛らしいが、今は気を取られている場合ではない。


「七海さんと並木なみきくんはもうそんなにも、親しくなったんですね」


 言葉で聞くと嫌味のようにもとれるが、彼女にそんな意図がないのは百も承知だ。むしろ彼女の表情からは、羨ましいという雰囲気がにじみ出ている。


「まあ、親しくなったといってもいいのかな。身体が入れ替わっているときに実施していた勉強会は続けているし、以前より会話も増えた。今回も大事な相談事を持ちかけてくれて嬉しいよ」

「私も、七海さんと並木くんのようになれるでしょうか」

「なれるさ」


 私は即答する。大事なのは華の気持ちだ。彼女の思い如何で、竹内の態度は変わるだろう。


「華は、具体的にはどれくらい竹内と親しくなりたいんだ? 彼氏にしたいくらいなのか、異性の友人としてなのか」


 ストレートに問いかけると、華はわずかに顔を赤らめる。


「わたしが竹内くんに抱いている気持ちが、恋愛感情なのかはわかり、ません。でも、異性の友人として、というのもちょっと違う気がします。今まで、わたしは男子とろくに喋ったことがありませんでした。だからそこから考えると、並木くんも異性の友人と呼べるし、現状では竹内くんも同じです」

「確かにな」


 中学時代からの華の遍歴を思い返し、私は相槌を打つ。異性はおろか同性ともろくに喋っていなかった華からすると、現在はずいぶんと人間関係が豊かになったんじゃないんだろうか。


「でも、入れ替わりのあたりから、わたしは欲張りになってしまったのです。竹内くんはわたしのために、声を出せなくなったきっかけを作った人たちと対話をしたり、わたしの声をクラスの人たちに認知させたりしてくれました。竹内くんは、他人を思いやれる素敵な人です。わたしを変えてくれたお礼を、したいんです」

「感謝の念なら、竹内に直接伝えてあるんじゃないのか?」


 義理堅い華が、お礼をしていないとは思えない。案の定、彼女は首を縦に振った。


「もちろん、お礼はしています。でも、そうですね……結局わたしが欲張りなだけなんです。竹内くんは、女子と話すのを避けている気がして。

 わたしと喋ってくれるのは、きっと入れ替わりが起きたせいで、そうでなかったらきっと、今日まで言葉を交わすことはなかったんだろうなと思うんです。でも、わたしはもっと、竹内くんのことを知りたい。そのためには、もっと打ち解けて、色々なことを伝え合える間柄になりたいんです。……お礼じゃないですね。わたしのエゴです」

「エゴでも、いいんじゃないか。少なくとも大河は、竹内が女子と距離をとろうとする傾向を改善すべきだと考えていた」


 華の思いは、友人になりたいという思いを超えているような気がする。だがそれくらいのほうが、竹内の意識を変えるにはよさそうだ。


「竹内のことをもっと知りたいと華は言ったね。竹内本人に言えそうか?」

「……はい」


 少し間があったが、彼女ははっきりと頷いた。口数が少ないから一見すると引っ込み思案な印象を受けるものの、華は案外ぶれない芯を持っている。今の問いかけに悩まず肯定の意を示してきたのは、好感がもてる。


「中学時代の同級生たちと竹内くんたちが対話するのを見て、言葉にしたら、伝わることもあるんだって気が付きました。大事なことは、言葉にしないと伝わらない。だからわたしも、竹内くんにちゃんと自分の思いを伝えようと思います」

「ああ。それがいいと思う」


 これで、私が華を呼び出した目的は達成された。彼女が具体的に何を竹内に言うつもりなのかはわからないが、真摯に対話を望む彼女のことを、竹内は邪険に扱ったりしないだろう。大河の話が正しければ、竹内は女子が嫌いなのではなく、女子が自分絡みで嫌な思いをすることを嫌っているだけなのだから。ひとりで頷いていると、華がおずおず、といった雰囲気で一歩踏み出してきた。


「あの、こういう機会はあまりないので。わたしからも七海ななみさんにひとつ、質問してもいいですか?」

「構わないよ。あと、私の呼び方はゆきでいい。先生に呼ばれているみたいでくすぐったいからな」


 私の答えに、華はふわりと微笑みを浮かべる。


「はい。ではゆきさん……ゆきさんは、並木くんをどう思っているんですか? わたしの目から見ると、お二人はずいぶん仲が良さそうに見えます。二人のような関係になることが、今のわたしの目標でもあるんです。だから、ゆきさんの考えを知りたい。そう思うんです」


 思いがけない問いかけだったが、言われてみれば確かに、彼女は先ほどから並木と私の関係をうらやましがる発言をしていた。であれば彼女のような疑問を持たれても不思議ではないだろう。

 華は、私の質問に誠実に答えてくれた。ならば私も、彼女に対して誠実であるべきだ。


「はじめは、ただの好奇心だったんだよ」

「はい?」


 話が読めないとみえて、首を傾げる華に微笑みかけつつ言葉を続ける。


「私は、興味をひかれた事柄には首を突っ込みたくなる質でね。漁火先生の薬で入れ替わりが起きた時、隣の席の大河のことをよく知らないことに気づいたんだ。隣人として最低限の会話はするが、人となりまでは把握していない。そう思ったのは、彼が漁火先生に対して強い怒りを表明したからだ」


 私は、もう一か月前になる例の日のことを懐かしく思い出す。クラス全員が混乱している中、ただひとり怒りを込めた瞳で漁火いさりび先生を見据えた彼のことを。


「入れ替わってしまったことに対する対処を考えている人ばかりだった中で、大河だけは真っ先に現象に対する怒りを表明した。それで私は強い関心を持った。彼はほかの人とは何かが違う。その何かを明らかにしたいと考えたんだ」

「ゆきさんは、並木くんとほかの人との違い、わかったんですか?」


 華の問いかけに、私は首をすくめてみせる。


「まあ、たった一か月だけだとわかることは少ないよ。でも、これだけは間違いなく言える。大河は度を越したお人よしだ。それも親しい人限定でな。彼は竹内のためなら何でもしようとする。だが竹内以外の人間には極めてドライに接する。コミュニケーション能力は低くないから、あまり冷たい印象は受けないけどね」

「そうなんですね」


 真剣なまなざしで話を聞いていた華は、しばしの沈黙ののちに呟く。


「でも、並木くんはゆきさんに対しても、お人よしな気がします」

「そうかな」

「はい。少なくとも私に対する接し方と、ゆきさんに対する接し方は全然違います。だからこそ、うらやましいと思うんです。お二人のような関係性に、私もなりたいと」


 彼女の言葉にわずかに浮きたちそうになる心を抑える。大河が私に構うのは、私がなんだかんだ理由をつけて話しかけているからだ。私の家で勉強会をするというもっともらしい口実をつければ、彼は断りにくい。彼の姉の山吹さんを抑えているのも大きいだろう。外堀を埋めれば、身内に甘い彼が私を無視することは難しくなる。

 私と大河の今の関係性は、そんな私の打算の結果だ。彼のほうが私のことを「親しい人」のくくりに入れている可能性は低い。でも、彼の内輪に入ってみたいという好奇心は尽きない。そのための努力は今後も続けることになるだろう。


「大河に飽きられないように、私も頑張るよ」


 だから私は華に笑いかけて、背を向けた。華が竹内に気持ちを伝えるつもりなら、私も大河に対して何かアクションを起こす方法を考えたほうがよい。そんなことを思いながら。

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