17、シスコンな弟

「なあ大河たいが


七海ななみ、じゃなくて心之介しんのすけか」


「僕と姉さん、そんなに声似てないだろう」


 七海が去ったのとほぼ入れ違いにして、俺の目の前には細身で目鼻立ちのはっきりした、色白の少年が腰を下ろした。さすがに二週間も生活を共にしたので、七海側のきょうだい構成も把握している。

 今目の前にいる彼は、四兄弟である七海家の次男にして七海のふたつ下の弟である、心之介だ。


 俺が七海の家に来てから、彼の視線を感じることが時折あった。探るような、様子見をしているような目線。その大半は心之介によるものだと見做していい。確かに見ず知らずの男が姉の姿になって、自分の家に同居するなどという事態になったら不審に思い観察するのは当然のことだろう。だから気にしないようにしていたが、向こうから正面切ってやってくるとは思ってもみなかった。


「ぶっちゃけさ、大河は姉さんのこと、どう思っているわけ」


「どう、か」


 しかも質問もど直球。俺は何と答えるべきか少し逡巡したのち、当たり障りのない言葉を選んだ。


「まあ話しやすい相手だとは思っている。入れ替わったのが七海でよかった。もう少し癖のある相手だったら、もっと苦労しただろうからな」


「そう。女子としては?」


 だが、心之介は追及の手を緩める気はないらしい。更に問いかけてくるので答えに詰まる。正直なところ、七海を異性として見たことはない。さばさばした性格・言動が原因だろう。明らかに女子とわかる七海の身体で生活しているのに、意識はしていないのだ。だが、それを正直に言って心之介が納得してくれる気がしない。黙っていると、彼は視線を右に向けてから口を開いた。


「姉さんは、小さいころから男子に女子扱いされてこないで育ったんだ。小学生のころからクラスで一番背が高くて、男女ってからかわれたりもしていたし。でも、ほら姉さんはああいう性格だからさ。家族の前でも全然気にしているそぶりを見せない」


「容易に想像できるな」


 心無いことを言ってくる同級生に対し、ひょうひょうと受け流している七海の様子は想像に難くない。


「でしょ。だから、僕も姉さんが気にしてないならいいかと思ってた。でも、最近思うんだ。本当は姉さん、もうちょっと女子として見られたいんじゃないかって」


「それは七海本人が言っていたのか?」


「そういうわけじゃないけど」


 言いよどむ心之介の様子から、七海本人というより心之介の周囲で何かあって、それがきっかけで姉に考えが及んだのではないかと当たりをつける。俺も異性のきょうだいが多いくちだから、そういう発想になるというのはわからなくはない。だからこそ、言えることもある。


「七海本人が心之介に相談したり、何かにおわせるようなことをしてこない限りは気にする必要はない。七海と心之介は、別に仲が悪いわけじゃないだろう? だったら、七海が本当に助けてほしい時は何らかのアクションを起こすはずだ」


「でも、僕にとって姉さんは姉さんだ。だから、もし姉さんが女子として見られたいんだとしても、僕には力になれない。その点大河は違う。大河と話しているときの姉さんは、楽しそうだ。他の友だちと話しているときとは、ちょっと雰囲気が違うんだよ。だからもし、大河が姉さんを女子として見てくれているんなら」


「悪いが、それは保証しかねるな」


 心之介の言葉を途中で遮る。できないことはできないと、きっぱり言っておいたほうが今後のためだ。


「俺は、高校で彼女を作るつもりはない。そりゃ付き合っている間は楽しいのかもしれないが、高校時代のカップルなんて早々に別れるだろう? だから時間の無駄だし、別れた後のクラスの人間関係諸々を修復するめんどくささを考えたら、皆とそこそこで接していたほうが楽に決まっている」


「大河はめんどくさがりなんだね」


「そうともいうな」


 ややジト目で発せられた言葉に、俺は深く頷いた。最近、けなされる系の台詞を投げかけられたことがなかったから新鮮だが、心之介の表現は的を得ていると心から思う。

 そうだ。七海はお人よしなどというが、俺の本質はめんどくさがりだ。数少ない友人と、絶妙なバランスが保たれたクラスの人間関係を維持したい。変化が面倒だから、現状維持に徹する。そのためには高嶺たかみねにも手を貸すし、虎門こもんの身を案じたりもする。ただそれだけのことだ。


「別に僕は、姉さんと付き合ってほしいって言っているわけじゃないよ。ただ、姉さんを異性として見ていないのはちょっと嫌だなと思っただけで」


 俺と目を合わせないまま呟くように言った心之介は、席を立つ。


「というか付き合うなら、僕が認めた後だよ。ちゃんと姉さんを大事にしてくれるっていう確信が得られるまでは、認めないから」


 捨て台詞らしきものを残して去っていく心之介の背中を見て、思わずつぶやきが漏れる。


「要するにただのシスコンじゃねえか……」


 心之介が改まった様子でやってきたときは少々身構えたが、ふたを開ければなんてことはない、姉のことを大事にして欲しいというだけのことだ。むろん、七海に乱暴をはたらくつもりは微塵もないので心配は無用だが、その旨をうまく伝えたほうが良かったのかもしれない。


(今のところ入れ替わりも、上手く対処できている。俺たちの関係は現状維持で問題ないだろう)


 小さくため息をついてから、俺は七海が戻ってくるのを待った。

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