12、トラウマとの向き合い方
夕食後、俺は
『どうした、
「入れ替わりが起きてから、教室で気軽に話しかけられなくなったからな」
暗に
『確かに多少不便ではあるが、俺がクラスで積極的に話をするのは大河くらいだからな。大河も、何かあったらこうして電話してくれるだろう。だから別に困るというほどではない』
「だが、自分が思ったタイミングで話ができるに越したことはない。そうじゃないか?」
電話の向こうで二拍ほど沈黙があった。
『実は、昨日高嶺と相談して、お互い部活に顔を出すことにしたんだ』
「そうなのか? 俺たちのクラスは強制じゃないだろう。
野間が野口の身体で無理やりサッカーをやろうとして失敗した件は記憶に新しい。あの件を知っていてもなお、互いの身体で部活をやろうとするのは相当勇気のいる行為な気がする。
『高嶺はバドミントン部で、運動神経はかなりいい。俺よりいいくらいだ。で、知っていると思うが俺は卓球部。まあどっちも飛んできたモノを打ち返す競技だし、野間のところみたいに運動神経に大きな差があるわけじゃないなら、なんとかなるんじゃないかと判断した』
「なるほど。確かに、バドミントンと卓球なら、使う筋肉は近そうだな。むしろバドミントンのほうが体力を使いそうだ」
『たぶんそうだと思うぞ。俺は問題なく動けた。高嶺がどうだったかは聞いていないが、何も言っていなかったからおそらく向こうも同じだったんじゃないか』
虎門は特別運動神経がいいわけではないが、平均的な男子並の体力は持ち合わせている。それでいて問題なく動けるというのだから、高嶺の運動神経が良いというのは事実なのだろう。
『で、動く分には支障なかったんだが、問題はコミュニケーションだな。そんなに部活中声出しをするわけじゃないものの、いつもしゃべっている俺が何も言わなくなるのは不自然だろう。だから、教室のようにだんまりとしているわけにはいかなかった』
「運動部なら、余計にそうだろうな」
俺は帰宅部なので想像でしかないが、先輩に指導してもらったり、顧問の先生の指示を仰いだりする過程で完全に無言でやり過ごすわけにはいかないだろう。だんまりを決め込んでいたら態度が悪いと思われるのは必至だ。
『だから、高嶺にもその件は謝ってある。わかりましたとは言っていたが、嫌そうな顔をしていたな。だから明日以降、部活のときの態度をどうすべきかは考えあぐねている』
「難しい話だな」
案の定、高嶺の縛りは虎門の生活にマイナスの影響を与えているようだ。このまま一か月弱を過ごすのは精神衛生上よくないだろう。問題は、どうやって話を持っていくかだ。
「虎門。高嶺が声を出したくない原因を取り除いて、普通に話せるようになった方が便利だと思わないか?」
『それはそうだが。原因なんてわかるのか?」
「
俺は七海から聞いた話をかいつまんで説明する。虎門は小さく唸った。
『勝手に聞いたら悪い話だな。それに、他人事には思えない』
「七海もまた聞きして入手した情報らしいから、完全にうのみにするなとは言っていた。だが、おおよその的は得ているんじゃないかと俺は思う。聞いてしまった以上は何とかしたいという気持ちにもなった」
『何とかできるのか、それ』
七海は、虎門が協力するならば動くという前提で、計画のあらましを話していた。確かにそれは今俺たちが入れ替わっており、かつ俺と虎門が高嶺と七海になりすませるから可能な計画内容である。だが、虎門が話に乗るかどうかはまた別の話だ。
「何とかできそうな計画はある。七海が件の噂好き女子の連絡先を知っているから、呼び出して噂の原因を話してもらう。どうせ下らない理由だから、それを聞けば高嶺も必要以上に話すことを警戒しなくなるはずだっていう算段だ。直接話をするのは俺と虎門になるが、七海と高嶺には近くにいてもらって内容を一緒に聞いてもらう。それであれば精神的な負担も少なくて済むだろうし、相手の女子たちは俺たちの姿を知らないから、近くにいても気づかれないだろう」
結局、七海が話していた計画の大筋をほぼ説明してしまった。これが吉と出るか凶と出るかは微妙なところだ。案の定、虎門は短くない間沈黙している。
「トラウマを解消するために、原因を作った人に会うというのは荒療治過ぎないか。そこまで無理に問題解決を図ることが、高嶺のためになるとは思えない」
虎門から発せられたのは、計画に懐疑的な言葉。そんな気はしていたので、俺はなるべく穏やかに声をかける。
「もちろん、高嶺が了承しないのであれば、無理にしようとは思わない。だが、高嶺が今後の人生で、ずっとしゃべらずに生きていくというのは無理があるだろう。だったら俺たちが入れ替わっているこのタイミングで、根本から原因を断ち切るというのも悪くないんじゃないかというのが俺と七海の考えだ」
「確かに、決めるのはおれたちではなく高嶺だな」
虎門は低い声で唸る。
「おれ個人の考えをいわせてもらうと、高嶺の声はいい声だと思う。聞き取りやすいし、落ち着いて聞いていられるからな。それが中学時代のくだらない噂で封じられているのはばかばかしい。高嶺に落ち度はないじゃないか。だから、なんとかしてやりたいという思いはおれもある。だが、高嶺に余計な負荷をかけるつもりはない。ただでさえ入れ替わりで、負担をかけさせているんだ。あいつが首を横に振ったら、余計なことはしないつもりだ」
「それはもちろん」
そういいつつ、七海は高嶺をうまく説得できるんじゃないかと思っていた。高嶺と俺が話す機会は昼食時のみと限られてはいるが、彼女は虎門にしゃべらないでほしいとお願いしていることに対し、申し訳なさを感じているようだった。それを克服できる方法があるのなら、乗ってくる気がする。
「とりあえず、高嶺には七海から計画を説明してもらう。高嶺が乗ったら、俺たちも協力することになる。それでいいか」
「わかった。俺個人としてはあまりいい方法だと思わないが、高嶺が乗り気になるなら最善を尽くそう」
「助かる。そうしたらまた連絡するな」
「ああ」
電話を切った俺は、すぐに部屋を出て隣室の扉をノックする。
「並木、話はうまくついたみたいだね」
「ああ。虎門は、高嶺がいいならいいと言っていた」
「なら、私の腕の見せ所だね」
薄い壁越しに俺たちの会話が聞こえていたのは織り込み済みだ。七海は力強く頷くと、高嶺に連絡すると言って扉を閉める。虎門のためにも上手くいくことを祈りつつ、俺も自分の部屋へと戻るのだった。
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