2章 高嶺をそのままにはしておけない
11、話せないんじゃなくて、話したくないんだろう
「聞きたいことは聞けたんじゃないのか」
「まあ、納得はしていないけどな。
俺がため息交じりに言うと、横を歩く
「いいんじゃないか。謝らせなくても。
「それ、
「もちろん。君がずっと気にしているのは彼のことだろう」
七海が指摘した通り、俺の念頭には常に虎門のことがあった。目立ちたくない虎門が、目立つ
「
「そうなのか?」
思いがけない七海の言葉に、俺は目を瞬かせる。
「私と華は中学が同じだからね。特別親しかったわけではないが、彼女は目立つだろう。色々な話が聞こえてきたんだ。良くも悪くも、ね」
七海は小さくため息をついた。
「詳しくは家に帰ってから話すよ。やたらめったら他人に聞こえるところで事情を話されるのは、華にとっても本意ではないだろうし」
「わかった」
・・・
帰宅するなり七海はすぐに俺の部屋へとやってきた。
「中に入ってもいい?」
「ああ」
俺たちの家族は基本的にリビングで集まって話をするようになっているので、各部屋に椅子はひとつしかない。七海を床に座らせるのもどうかと思うので、彼女を椅子に座らせて俺はベッドに腰かけた。
「さっきの話の続きだ。華が声を出したくない理由は、単純に声を理由に他の女子にいじられたからだろう」
そんなことか、と一瞬思ったが本人にとっては軽く済まされる話ではないと思い直す。虎門が目立ちたくない理由だって、それに近いものがあるのだ。頷いて続きを促すと、七海はうーんと唸る。
「ここからの話はまた聞きも含まれるから、話半分に聞いてほしい。ほら、華は名前の通り華のある容姿をしているだろう。だから、さぞ声も可愛らしいんだろうと周りは勝手に思い込むわけだ。しかし、実際の華は案外落ち着いた低い声をしている。そのギャップがいいんだと騒ぐ男子もいたが、一部の女子は気に入らなかったらしいな」
「男子の前だと声色が変わるとか、かわい子ぶった言動をとっているならまだわかるが、高嶺はむしろ逆だろう。なぜそれが気に入らないんだ」
俺の問いかけに、七海は苦笑を浮かべた。
「気に食わない同性を貶める言葉なんて、きっと何でもいいんだよ。可愛い顔して大人っぽい声をしていて、かつ基本は丁寧語だろう。なもんで、お嬢様ぶっている、上から目線に感じると噂する女子たちがいた」
「ひどい言いがかりだな」
「まあね」
件の噂に七海は与していなかったのだろうという確信がもてる。それは彼女の今までの言動から察せられた。案の定、彼女は俺のコメントに肩をすくめるだけだ。
「目立つ女子に言いがかりをつけたい女子はいつも決まっている。余談だが、私もターゲットになったことがあるからな。うさ晴らしの相手として、ちょっと目立つ女子にちょっかいをかけたいだけなんだろう。私の場合は完全に相手にしていなかったからかすぐにおさまったが、華はそうじゃなかった」
七海がターゲットになったというのは、やはり身長のことなのだろうか。彼女もそれなりに華のある見た目ではあるが、目立つという意味では背のほうが印象に残るだろう。七海はそちらには深入りせずに話を続けた。
「華はもとが大人しい性分なんだろう。わざとらしく本人に聞こえるところで声のことを言われているのを知って、噂をする女子たちの前ではしゃべらなくなった。それが、火に油を注ぐことになる」
「自分たちの噂が本人に影響を与えられると言っているようなものだからな。相手が増長する」
容易に想像ができる話だと思い相槌を打つと、七海は目を瞬かせた。
「
「別に普通だろう。似たようなことはどの中学でもあるだろうからな」
「そうか」
一応納得する様子を見せた七海は、話を元に戻す。
「並木の言う通り、噂好きな件の女子たちは増長した。華は話す相手を選んでおり、自分の眼鏡にかなった人間としか話さない、お高くまとっているというのが彼女らの主張でね。で、低い声で話すことでそんな素を隠しているんだというような話を喧伝していた。噂に関心が薄い私の耳にも入ってくるくらいだから、同学年の間ではかなり広まっていたんだろうよ」
「それに対して高嶺が反抗しないから、どんどん話に尾ひれがついていったというわけか」
「そう。むしろ、華はうわさが広がるごとに、他者と話すことを恐れるようになった。中学を卒業するころにはごく少数の友人としか話していなかったんじゃないか。それも、人目につかないところで。私が知る限りでは、華が他の人と話しているのを見たことがない」
「なるほどな」
おおよその全容が掴めて、俺は唸る。ちょっとした言いがかりレベルの噂話に翻弄されて、自分が思うように生きられなくなる。赤の他人からすれば不運な話だったなというレベルの話だが、本人からすれば生きづらさに直結するのだ。高嶺はかなりしんどい思いをしたのだろう。
「件の噂好き女子は、俺たちの高校に進学してきているのか?」
「いや、別の学校に行ったよ。だから華が今の学校でも、声を出すことを控える必要はないはずなんだがな」
それができるのであれば、そもそも噂が出た時点でしゃべるのを控えたりしなかっただろう。高嶺はそういう性格なのだ。いつまた噂にのぼるかわからないから、なるべく声を発しない生活を続けている。だが、全くしゃべらずに生活するのは無理があるだろう。実験系の授業で会話することもあるだろうし、ふと思いついたことを近くの席の人に話したくなる時だってあるはずだ。それができないのはかなり不便だ。
何より、高嶺は今虎門と入れ替わっている。高嶺が自分の声を周りに聞かせたくないというのは、虎門にそれを強いるということを意味している。虎門は入れ替わり自体高嶺のせいじゃないから、それくらいの要求はのむと言っていたがあまりにも不便な縛りではないか。目立ちたくない虎門としては高嶺の普段の言動からずれたことをして目立つことのほうが本意ではないだろうから、現状維持でいいと思っているのかもしれない。それでも、外野から見ていると高嶺の生き方、虎門に強いている在り方は不自由だと思わざるを得ない。
「高嶺のわだかまりを解消すれば、普通にしゃべれるようになるよな。あいつ、他に人がいない場所では普通に話していたから」
「それはそうだろう。華は若干引っ込み思案なところはあるが、人見知りではないからな」
「じゃあ、わだかまりを解消するにはどうしたらいい」
俺の言葉に、七海はわずかに目を細めた。
「華の性格改造に手を貸すつもりか。並木はずいぶんお人よしだね」
「どちらかというと、虎門のためだ。一か月とはいえ、人前で話してはいけないという縛りを課せられる道理はない。それに聞いていて不快な声ならともかく、むしろ逆だからな。うちのクラスに変な噂をばらまきそうなやつはいないし、ちょっと雑談するくらい解禁してもいいだろう」
「並木は華みたいな声がタイプなのか」
「そうは言っていない」
変なところで揚げ足をとられてむっとするが、七海は面白がっているような雰囲気を崩していない。
「華の情報を勝手に話した負い目もあるし、私も手伝うよ。華が今のままでいいとは、私も思っていないからな。策がないわけじゃないよ。ただ、現状では竹内の協力が必須になる」
「虎門の?」
俺の問いかけに、七海は当然だという風に頷く。
「並木が華の性格修正を望むのは、竹内のためなんだろう? ならば、竹内にも協力する義理はあるはずだ。彼の助力が得られるならば、私も全力で動く」
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