6、大切な友人

 磨礪まれい姉さんの部屋は俺の隣だ。次姉が七海ななみに説明をしている声を聞きながら、俺はスマホを取り出した。虎門こもんの連絡先を探して発信ボタンを押す。


『はい、竹内たけうちです』


 二コールも待たずに出た虎門は、今の状態を誰かと共有したかったのかもしれない。


並木なみきだ。お前、放課後大丈夫だったか? 高嶺たかみねに連れ去られているように見えたけど」

『ああ。大したことじゃない』


 虎門の気だるげな声から察するに、本人は本当に大したことじゃないと思っていそうだった。


『高嶺は親が海外にいるとかで、独り暮らしをしているらしい。だから着替えとか風呂とかはお互いの荷物を高嶺の家に持ち寄ってやることにして、寝るときはそれぞれの家に戻ることに決まった』

「それって面倒じゃないか? 高嶺の家と虎門の家、近かったっけか」

『まあ、遠いってほどではない。まさか、高嶺の家に泊まるわけにもいかないし仕方ないだろう』

「そりゃ、そうか」


 確かに独り暮らしをしている女子の家に泊まるわけにはいかないだろう。しかも虎門はひとりっこだ。高嶺を泊めるための部屋が余分にあるわけでもないだろう。互いの家に泊まれないとなれば、選択肢は狭まってしまう。


『お前は? 入れ替わった女子と話したのか』

「ああ。俺と七海はきょうだいが多い。部屋が余っているから、二週間ごとに互いの家に泊まることになった」

『ああ、便利だな』


 電話の向こうで、虎門がふーっと息を吐くのが聞こえる。


「虎門、大丈夫か? ほら、高嶺は目立つし、お前が入れ替わる相手としてはちょっと面倒なんじゃないのか」


 思わず、教室での二人の様子を見たときから思っていたことが口をついて出る。高嶺には失礼な発言かもしれないが、本人がいるわけではないからいいだろう。


『いや、案外そうでもないぞ。高嶺も俺と同じで、なるべく目立ちたくないタイプみたいだからな。目立ちたくないというか、正確には声を出したくない、らしい』

「声? 確かに高嶺の声を聞いた記憶はないが、目立ちたくない理由はそれなのか」

『ああ。だから俺も高嶺の姿でいるときは、なるべく喋らないでほしいと言われている。もっとも大河以外と話す予定も無いから別に構わないが』


 虎門の言葉でようやく気づいた。今更ながら、今俺は七海の声で話している。ということはつまり、虎門も高嶺の声で話しているというわけだ。思いのほか低くて落ち着いた声だから、虎門の言葉として聞いてもあまり違和感がなかった。


「ふーん。じゃああんまり人目につくところで虎門に話しかけない方がいいわけか。他に困っていることはないか」

『いや別に。明日はお互い部活に顔を出すつもりでいる。気にしすぎるのも馬鹿らしいから、なるべく普通に過ごすつもりだ』

「そうか」

『じゃあおれはそろそろ切るぞ。また明日な』

「ああ、また明日」


 あっさり切られた電話を一瞬見やってから、俺はスマホの画面を落とす。虚空をみやり、深く息をついた。


 目立ちたくない、普通に過ごすつもりだと虎門は言う。しかし、本当にそんなことが可能なのだろうか。高嶺の容姿は目立つ。確かに声を聴いた記憶は乏しいので無言で通すことはできるかもしれない。だとしてもひっそりと生きたい虎門の願いがかなえられるとはとても思えなかった。


(やっぱり許せないな、漁火いさりびとかいう教育実習生)


 俺と七海の間はあまり大きな問題が起きなさそうなのが不幸中の幸いだ。おかげで、漁火対策を集中して考えることができる。


 俺は七海に倣いノートを取り出し、何をまずは確認すべきか考えた。すると部屋の扉がノックされる。


「はい」

「並木?」


 顔をのぞかせたのは隣の部屋にいたはずの七海だ。俺のほうを見てにやりと笑う。


「私の姿をした人が並木の部屋にいるって、なんか変な感じだな」

「お互い様だろう」

「まあね」


 まさかそれだけを言いに来たわけじゃないだろうと思いじっと見つめると、七海は小さく首をすくめた。


「そんな顔するなよ。私は自分の着替えを取りにいったん家に戻るが、帰ってきたら作戦会議の第二弾といこうか。漁火先生に質問、するんだろう?」

「どうしてそれを」

「学校で話をしたじゃないか。もしすぐにでも元に戻る方法があるなら、早く確認するに越したことはないしな。もっとも、私は今の状況を楽しもうという気になってはいるが、並木はそうじゃないんだろう」

「当然だ」


 俺の答えはぶっきらぼうなものになる。こんなバカげた状況を楽しもうという方がおかしい。しかし七海は表情を変えない。


「並木が今を楽しめないのは竹内と華のことが気になるから、だろう」

「……電話を聞いていたのか」

「並木の家、壁が薄いんだな」


 遠回しに肯定されて、俺はうめく。別に隠すような話でもなかったが、男友達の会話を女子に聞かれるというのは少し気まずいものがあった。返答に困る俺をよそに、七海の表情は柔らかいものになる。


「いいじゃないか。友だちのために対策を考える。私の場合華とは友人とはいいがたいが、あの二人の様子はちょっと気になったからな。それも含めて協力するよ」

「助かる」

「じゃあちょっと出てくるね」


 さっさと扉を閉めて階下に向かう彼女を視線で追ってから、俺は机に向き合う。理由はどうであれ――七海は完全に興味本位だろう――、協力者が得られるのはありがたい。彼女が自分の家から戻ってくるまでの間で、俺も段取りを整理しておこう。

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