5、大河の家族

「ここが、並木なみきの家か」


 並んで歩いてきた七海ななみが、小さく呟く。別に感想を求めてはいないので――何を言われてもリアクションに困る――、さっさと鍵を開ける。


「ただいま。今日はクラスメイトもいるんだが」

「おかえりっていうか、ああ、入れ替わりってそういうこと」


 玄関先に出てきた次姉は、俺たちを交互に見て頷く。


「目の前にいる背の高い女の子と、大河が入れ替わったってことね」

「ああ」

「七海ゆきと言います。諸般の事情で並木くんと入れ替わってしまいまして」

「らしいね。なんか学校から連絡があったって、お母さんが言ってたよ。お母さんも中にいるからとりあえず上がりなよ」


 さっさと身体を引いた次姉に続いて、俺は靴を脱いで玄関に上がる。普段は適当に脱ぎっぱなしにしておくが、七海の靴をそんなふうに扱うわけにはいかないだろう。一応きちんと揃えてから、一歩奥に入った。七海もためらうことなくついてくる。


「ああ、おかえり大河。それと、七海さんでしたっけ」

「はい。こんなことになってしまったので、今後の方針をご相談したくて。よろしくお願いします」


 深く頭を下げる七海に、台所から出てきた母はにやりと笑う。


「こんな丁寧な所作をする大河の姿が見られるなんてね。入れ替わりって面白いわね。まあ当人同士ではそうもいかないのでしょうけど。特に七海さん、うちの大河なんかと入れ替わって大変でしょう」

「それは、これから生活してみないと何とも言えないですね」


 正直すぎる七海の答えに、リビングの奥にあるソファに腰かけていた次姉が噴き出す。


「七海さん、面白そうな人だね。あたし仲良くなれそう」

「そう言っていただけると安心します」


 実際、七海はほっとしたような表情を見せた。学校で話したときも思ったが、彼女は考えが顔に出るタイプのようだ。俺はあまり表情筋が柔らかいほうではないから、家族から見たら新鮮だろう。


「とりあえず二人とも座って。ああ、先に手洗いうがいかしらね。そしたらここでお話ししましょう」


 母に促されるまま洗面所で一通りさっぱりしてから、リビングに戻り七海と並んで腰かける。俺の前には母、七海の前には次姉が座った。


「まずは、自己紹介からね。大河の母です。うちの子たちは四兄弟なのだけれど、大河が一番下よ。上三人はみんな女の子なの」

「あたしは次女の山吹やまぶき。今大学一年で、家から通ってる。上の磨礪まれい姉さんと、妹の帯色たいねは今はいない。姉さんはもう社会人で家を出てるし、帯色は部活かな。だからこの時間帯は、母さんとあたしがいることが多いんだ」

「そうなんですね。私は先ほどお姉さんには自己紹介しましたが、七海ゆきといいます。並木くんのクラスメイトで、隣の席です」


 七海は無難に相槌を打ちつつ自己紹介した。ここは「お客さん」である七海よりも俺から話を切り出した方がいいだろうと思い、紹介がひと段落ついたところで口を開いた。


「学校から話がいってると思うけど、見ての通り俺と七海が入れ替わった。両手を合わせたら十分間は元の姿に戻れるらしいが、だとしても一緒にいた方が都合がいいっていう話を二人でしている。だから、二週間だけ七海をうちに泊められないか。ほら、磨礪姉さんの部屋が空いてるだろ?」

「私の家も兄弟が多くて空き部屋があるんです。なので一か月の前半と後半で二週間ずつ、それぞれの家に泊まらせてもらうのがいいんじゃないかって」


 俺の言葉を七海が引き継いだ。今のやり取りで、俺たちの間で話をしたことは二人に伝わっただろう。少し虚空を見て考えを巡らせている様子の母の横で、次姉がひとつ頷く。


「いいんじゃない。あたしは賛成する。七海さん、面白そうだし一緒に暮らしてみるのも悪くない」


 さっぱりした気性で、細かいことは気にしない次姉ならそう言う気はしていた。問題は母だ。次姉を含めた三人で母のほうをみると、わずかに渋面をつくって俺のほうを見る。


「でも、七海さんはそれでいいの?」

「七海はこっちだ」

「あ、ごめんなさいね」


 やはり、慣れないうちは話し方よりも見た目で人を判断してしまう。やむを得ないことだろう。母は少しだけ気まずそうな表情を作って、七海に向き直った。


「年頃のお嬢さんが、彼氏でもない男の家に泊まるなんて。もちろん我が家で間違いが起きないように、しっかり見張っておくつもりではあるけれど、ご家族とか、あなた自身もいい気がしないんじゃないかしら」


 それは俺も考えていたことだった。俺からの指摘はあっさり流されてしまったが、母に対してはどうコメントするつもりなのだろう。横目で七海を見やると、彼女は小さく首を横に振った。


「いいえ、うちの家族は良くも悪くも大雑把なので、気にしませんよ。それにご家族もいますし、人の目がある環境で別の部屋に寝泊まりするという形なら、修学旅行とかと大して変わりませんから。私自身も心配していません」

「信頼してくれるんだね」

「はい」


 次姉の確認に、七海ははっきり頷く。次姉も頷き返した。


「七海さんの家が問題ないなら、うちは大丈夫だと思うよ。だよね、母さん」

「そうね……七海さんがいいなら。おうちに説明するわよね。電話を使う?」

「あ、スマホからかけるので大丈夫です。普通に了承されるとは思いますが」


 とんとん拍子で進む話を、俺は黙って聞いているしかない。さっそくスマホを取り出して席を立ち電話をかけていた七海は、すぐに戻ってきた。


「やっぱり問題ないとのことです。並木くんの家に迷惑をかけないように、とだけ。気をつけますので、宜しくお願いします」

「うん。よろしく。さっそく磨礪まれい姉さんの部屋に案内するよ。最低限の掃除はしてるから、すぐ使えるはず。あとは、二週間寝泊まりするなら服を持ってきたほうがいいよね。いったん自分の家に戻る?」

「はい。そうさせてもらいます」


 席を立った次姉は、振り返って俺のほうを見た。


「じゃあ大河は、くれぐれも七海さんの身体に変なことをしないように。なんかあったら七海さんの家に申し訳が立たないからね」

「わかってるよ」


 客観的に見て七海の身体は魅力的なのだろうが、女家族ばかりの我が家で不埒な真似をする気には到底なれない。次姉に続いて席を立った七海の後を追うように、俺は二階に上がり自室に戻った。

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