第13話 反撃の狼煙
木で組まれた十字架に大の字となり両手はそれぞれ、両足は纏めて縛りつけられた男。垂れた青髪で顔ははっきりと視認出来ない。
俺はまだはっきり見るまでは認めたくないのかもしれない。
絶対に認めたくない——あればブルースだなんて。
変な汗が出て足は地に付いてないような浮遊感がする。景色が横に縦に回転して真っ直ぐ歩くことすら出来ない。
磔の十字架に恐る恐る近づくなかで遺体を調査している憲兵のうちの報告書らしきものを書いている憲兵の声が俺の耳に入る。
「発見日時は今朝、日の頭の刻。死因はまだ不明だな。今んとこ“外傷的なものは見当たらず”っと。身元の照合だが“あの様子”を見ると——」
ここで憲兵が“あの様子”と表現したのは憲兵に保護されている中年の夫婦二人。二人は泣き崩れ世界の終わりみたいに地に伏していた。遠目でも分かる奥さんの特徴的な青髪。子供の頃はよく家に遊びに行って面倒を見てくれた人だ。
ブルースのご両親。
「ご家族の確認済み。被害者は“ブルース・ヴァンプスで決まり”だなっと」
無慈悲に現実を叩きつけられた。
憲兵たちはここにブルースの幼馴染がいることも知らず話を続ける。
「身元照合はとりあえず形式的に取ってあとは王家特務部に任せろとのお達だ。——いやよくわからないがこの仏さんに関してはあっちで調査するなとのこと。あれだよ、犯人が訳ありのやつじゃないか?」
俺は居ても立っても居られない気持ちになった。
——気付いたら時には憲兵の胸倉を掴んでいた。
「どういうことですか」
相方の憲兵が慌てて俺を引き剥がしにくる。
「なんだお前!?」
「犯人が訳あり? 王家特務部? それは一体何ですか」
怒りの炎に身を焼かれて我を忘れて憲兵に掴みかかる俺。そんな俺を制止させたのはイリィスだった。憲兵と俺の間に割り込んで俺に抱きつくような形で強引に止めるイリィス。
「ガラン落ち着いて!」
揺れる雪色髪で一瞬視界が真っ白になり、俺は頭が冷えた。
あと一歩のところで公務執行妨害で牢屋行きのところだったかもしれない。
その後、俺は自力で歩くのも精一杯で空虚を漂っていた。気づいた時にはイリィスの家にいて俺は椅子で俯き、魂はこの世にいないみたいな状態でいた。対面で床に女座りで武器の手入れをしているイリィスに俺はぽっと呟いた。
「……続けられる気がしない」
剣を拭くイリィスの手が止まる。
「何を?」
「全部」
被せ気味に俺は言った。
「イリィス、魔薬事業をこのままま続ければ俺はイリィスや親方を死なせてしまうかもしれない。その悲しみを背負ってまで俺は——」
湧き上がるように出る弱音。
イリィスは立ち上がり——俺の顎下に剣先を向けた。鋭く光る剣先が俺の喉元すれすれのところにあり、俺は思わず唾を飲む。
イリィスは冷気を纏った声で言う。
「“屍の上に立つことは厭わない。それすなわち覇者の証”——この“屍”は私の死体でもあるんだよ? 逆に私からしたら“屍”はガランでもある。賢者メスフクは言っていた——私たちは“戻れない覇者への片道”にいると。なんで戻れないと思う?
——私が貴方を戻さないから」
俺はその時、イリィスの背後に巨大な影を感じた——
古代の王、スキンドレド帝……?
「私とガランは賢者メスフクとブルースの屍の上に立つんだよ。そして私たちの夢を踏み躙る奴を討つ。その果てにガラン——
私は王家に入る」
俺はイリィスの中で育まれた野心に初めて触れて身体が震えた。強大な意思の前に身体が恐れ慄いているのかもしれない。
そしてその野心の種に水を撒いたのは他ならぬ俺自身だ。
俺はその“責任”を果たさなければならない——そんな気持ちになった。
そうだな。確かにそうだ。
俺がイリィスを半ば利用していたように、イリィスもまた俺を利用しようとしている。
これはビジネスに於いて、圧倒的に強い関係性だった。
「わかったよイリィス。まずは俺たちの夢を踏み躙る奴を討とう。そしてブルースを殺した奴は明白。“ホブゴブリン”を良しとしない、そして王家に繋がりがある人物——ビズキッド」
イリィスはこくりと頷いた。
反撃の狼煙が上がった瞬間だった。
魔薬王と龍殺し〜弱小薬屋に転生したけど異世界の裏社会から成り上がり〜嫌な奴らは→圧力or粛清or暗殺 山猫計 @yamaneko-k
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