第11話 薬屋の戯言
巻き上がる煙や砂塵の中で轟いた剣と爪がぶつかり合う音。そして爆発音。超人達の常軌を逸した闘いに俺とブルースは手に汗握りながら見守ることしか出来なかった。
戦闘が終わり、親方が心の底から感情をイリィスにぶつけて果てた時、イリィスは親方に対して土下座をした。
その真意は俺には分かる。
イリィスは“騎士”として親方に謝罪をしたんだ。
イリィスは未だ頭を上げない。親方は子供みたいに泣き喚いた。
「やめろ謝んな! 私の戦争が終わっちゃうじゃないか!」
親方の猫の耳は萎れ、声は段々細くなっていく。
親泣き喚いたことで体力を使い果たし、遂に糸が切れて地面に倒れ伏した。イリィスは顔を上げ、親方の肩を摩るが反応が無い。
俺は薬を入れたケースを持って、二人の元へ走った。
親方とイリィスにそれぞれ傷の治りが早くなる薬と痛み止めを飲ませた。イリィスは急所を外したお陰で比較的動けてはいるが、親方は息はあるものの意識を失っていて、薬を飲ますのも半ば無理矢理に水で喉に押し込んだ。
その後、ブルースが親方を小屋の簡易的なベッドに寝かせた。俺はイリィスを椅子に座らせて、小屋にあった消毒や包帯で応急処置を二人に施した。
小屋の机に置いてあった大量の空き瓶に目が止まったが、これは後にした。
イリィスに治療を施していると「消毒染みるの痛い〜」と声を震わせていたが何を今更という感じだ。
「にしてもイリィス、めっちゃ強いんだな」
「言ったでしょ、私は金を積めば積むほど強くなる」
傷まみれの姿でピースをするイリィス。
「……でも、こんなことに巻き込んですまん」
俺はやるせない気持ちになってイリィスに頭を下げた。
「共に行くと決めたから。ガランと共に」
イリィスは聖女のように微笑んだ。雪色髪が揺れて、イリィスから粒子が飛んだ——ように見えた。
「なに、お前ら結婚してんの?」
ブルースが間髪入れずに突っ込んできた。
「「いや」」
*
暫くして、親方——百獣の御子アルバは目を覚ました。
「いてててててて……んニャ」
やっぱ猫だよな。『獣人』だなんて猛々しい名称ではあるが、猫耳といい尻尾といい時々垣間見える八重歯といい猫っぽい。
親方の目覚めにイリィス、ブルースも気が付いた
「まだ動かないでください。安静にしてた方がいいです」
親方は起き上がろうとしたが、まだ万全ではないことを身に染みて感じたのだろう、俺の言う通り再び寝た。
「生かされたか。私は」
親方は天井を見つめながら、ぽっと呟く。
「……今何の刻だ」
親方は時間を気にした。
ブルースが「日の傘の刻でっせ」と答えるとアルバは少し慌てた口調で、
「薬を」
とイリィスの背後にある机を指差した。空の瓶たちとその隣にある鉄の箱。イリィスが察して、箱の中から瓶を取り出した。茶色の瓶の中で液体が揺れる。
それをイリィスは親方に渡し、受け取るアルバ。
「……助かる」
親方はイリィスの目は見なかったが、そう発した。
寝たまま親方は薬とやらを一気飲み。俺は空瓶を流れで受け取った。普通ならそれを捨てるところだが、俺は開き口から匂いを嗅いだ。
「ハスラル酸花に戯魚木のエキス、それに……ゲイリー草の香りもある。謂わば神経線維を鈍くさせてるのか」
親方は怪訝に俺を見ていた。
「親方、これで欲や本能を抑えてるって感じですよね」
「……お前何者だ?」
「まあ、単なる薬屋です」
「薬屋が騎士を連れてるもんか」
「むしろ彼女が騎士だということを疑って下さい」
「なっ、……騎士じゃないのかお前。……んだよ」
親方は不貞腐れた。
「この薬、誰が作ったんです」
「言えるもんか——」
「ビズキッド……ですよね?」
親方は沈黙。
「この薬の素材、並の薬屋じゃ手に入らないようなものばかりです。ビズキッドくらいの力じゃないと到底素材を仕入れれない」
「……さすがだな。その通り、ビズキッドの薬」
俺はここで賭けに出た。
今ならいける。今、この流れながら——親方の力を借りれる。
「ビズキッドはイリィスが変態舞踏会にいると知りながら、あなたにゴブリンを送り込ませたんです。イリィスに騎士同等の力があると知りながら」
「……なに」
「俺らだってゴブリンに襲われれば抵抗くらいしますよ。ビズキッドはイリィスがゴブリンを全滅させると分かっていながら、親方に頼んだ。その結果、
「…………」
「恐らくビズキッドはあえてゴブリンを送り込ませたんじゃないですか? ここのゴブリン達を減らすように仕向けた。なんらかの目的で」
“嘘は半分真実を混ぜると信憑性が増す”——とサラリーマン時代に先輩から教えてもらった。まさに親方は俺の嘘話に感情を揺さぶられていた。猫耳がピクピク動き、目の色が変わる。
「それに親方、この薬、俺なら作れます。人手さえ足りれば、この薬なんて容易いです。そしてなにより俺はビズキッドに恨みがあります。一緒に——奴を社会的にぶっ飛ばしにいきませんか? 」
親方の目に火が灯った。そんな気がした。
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