第10話 イリィスvsアルバ

ガブハダー山 日の出の刻——


 ゴブリン牧場に集ったのは数奇な運命を辿った3人。ガラン ブルース アルバ。


 手入れが行き届いた赤い小屋の前。3人はそれぞれ別の感情を抱きながら、の到着を待つ。この空間に言葉は無く、風が寂しく唄うだけ。


 朝霧が立ち、白が揺らめいて幻影のような景色が漂っていた。雲が太陽を隠し、山の冷たさが肌を刺すが凍えるほどではない。


 静寂と霧の世界で鳥が2羽、怪しく鳴く。不気味なファンファーレと共に、山道の先、白に紛れた人影が歩んで来る。

 彼らの目にはそれは死神に映った。


 人影は木の枝を踏み躙りながらゆっくりと。その影は霧の中で大きくなっていく。


 人影は棺桶のような木箱を一つずつ、右手と左手で持っていた。


 そしての直前で人影は止まった。


 それは両者の間合でもあった。


 人影は掌を開き、木箱を落とす。鈍くて、鉄と鉄が当たり合う音が鳴り、その木箱の中に“殺傷武器”があることは誰もが理解した。


 アルバは細くしなやかな身体で前へ出る。

 武器は手にしない。


 剣となるのは即死級の鋭利な爪。

 並の生物では反応も出来ない音速の脚力。

 立体的に音を感知し、脅威の索敵力を誇る耳。

 時の流れに影響されない、唯一無二の動体視力。


 アルバは全身が武器そのものであり、彼女はこれを振るって乱世を渡り歩いてきた。


 そして、いつの日か本能を殺し、人として生きた。牧場という人の生業を行い、第二の人生を歩んでいた。

 

 しかし今は本能を呼び覚ます時。


 手塩をかけて育てたゴブリン達の半数が霧の先の女に虐げられた。


それに奴は廃騎士だという。まさに一族のかたき


 (たかが女騎士一人、血で染めてやる!)


 殺意を媒体とした力が両足に込められて、一気に解放。


 砂塵を残して、アルバは風を切る。人影目掛けて一直線。


 霧が霞む中、前方より矢が一つ飛んできたが地面をひと蹴り、微かに右方へ身体を逃して矢をかわす。人影との距離が縮まり、影の正体が露わとなった。


 雪色髪に騎士の制服を着た剣士——イリィス。彼女は左手で剣を持ちアルバを迎え討とうとしていたが、既にアルバは剣の振り先を逆算、狙うわイリィスの利き腕左手。イリィスの攻撃は間に合わず、アルバの爪はイリィスの左手に到達した。


 (もらっ——……!?)


 爪から骨を伝って全身に感じる違和感——


 (鉄!?)


 破けたイリィスの袖から姿を現したのは鋼鉄の腕。火花を散らしていたそれから伸びる一本の紐。イリィスは紐を右手で掴んでいた。チェンソーのエンジンを始動するかのように紐を引っ張ると起きる——爆発。


 “炸裂装腕”——1回限りの零距離自爆武装。本来は甲冑を着て使用する。小型の爆発を両者食う。

 因みに使用者の左腕は衝撃や痛みで暫く動かせなくなる。


 (こいつめちゃくちゃしやがる!)


 アルバは右手利き手を負傷した。両者共々爆風を受けていたがアルバにとってはまだ好機だった。


 (この隙に——)


煙の中にいるイリィスの影を視認したが——予想に反してその影は一気に迫ってきた。右手で握った剣と共に。


 イリィスによる猛攻。縦斬り横斬り回転斬り。追撃が止まない剣の嵐。アルバは決死の思いでステップやバク転を駆使して耐える。



 アルバは——



 先程、急接近するアルバに対して放たれたボウガンの矢はアルバを左手側に誘い込む為。あえて左手で剣を握り、それが利き腕だと食い付いたアルバはイリィスの炸裂爆腕へ到達。爆発でアルバが怯んだところにイリィスは本来の利き手による剣撃を畳み込んだ。


 (この女……見かけによらず技巧派か!)


 アルバは負傷した右手の感覚が戻るまで回避に集中。徐々に指先から感覚が回復してきたところで体勢を整え、イリィスに飛び掛かる。


 イリィスは咄嗟に制服の左ポケットを剣で突き刺した。中に入れていた“煙の実”3つが一気に破裂。噴煙と共にアルバの視界は更に白が濃くなった。


 イリィスはボウガンを構え、爆発矢を無闇に撃ちまくった。それは攻撃ではなく——


 (……かき消されたか)


 アルバの脅威的な聴力を塞ぐ為。


 神経を研ぎ澄ませ、イリィスの居場所を探るアルバ。


 翻弄されるアルバに対して、すでにイリィスの次の手は始まっていた。


 アルバは上空より巨大な影が迫っているのを察知。それは蜘蛛の巣のように編んだ網。揺らめきながら降りてくるのは竜の捕獲網だった。


 フッシュバックする記憶トラウマ

 かつての戦争の際、仲間たちは騎士の捕獲網に捕らえられ、まとめて焼かれた。


 そして父母妹も——


(っ……!)


 ……アルバは記憶を噛み殺し、今は目の前の戦闘へ。


 捕獲網が迫る中——思い切り左側に飛躍すれば網の範囲から容易く抜けられそうだが、イリィスに待ち伏せされている可能性を考え、アルバはあえて網の下を潜り、遠い場所へ目掛けて飛び込んだ。


 ——網と地面に身体が挟まる寸前で捕獲網の脅威から脱出できた。


 アルバの読みは当たっていた。

 イリィスは十文字槍で待ち構えていたが不発。


 「さて、次」


 イリィスは槍を捨てて、再び煙の実を炸裂させて消え、次なる手段へ移行。


 アルバはその頃、辺りの石を拾い集めしていた。拾い集めた石を手で舐めまわし、形状を


 アルバにとって石とは個性を持った弾丸——


 煙が掃けてきた時、イリィスの影を見た。


 ——射程は十分だ。


 アルバは手に力を集中させ、特に手首のスナップを効かせながら石を放つ。


 その投石は石の形状から演算された投擲技術により軌道に変化を伴いながら高速で目標へと到達する。標的となれば被弾するしかない。


 石はイリィスの横腹に直撃した。


 「うっっっっ!!」


 衝撃で一瞬身体が浮く。身体から弾ける血はスローモーションに見えた。仰け反っていく身体。痛みで気を失ってしまいそうだったが、アルバからの追撃を受ける前にイリィスは最後の煙の実を炸裂させた。


 頭を低くし、横腹を押さえながら武器箱のところへ駆けるイリィス。


 「……内臓は避けたみたい」


 イリィスが傷を負った中、アルバは次の石を装填。手の中で転がして最適な投石法を演算。煙が無くなりイリィスが姿を現すのを待つ。


 そして煙が風に流れていき姿を現したのは


——鉄の壁。


 盾が佇んでいた。


 極地専用組立式盾——イリィスは盾の装甲を布陣、しゃがんだままアルバへ突き進む。

 そして盾を遮蔽にボウガンの矢を幾度もなく発射し始めた。イリィスの装填・発射までの手際は神業。一才の無駄が無い洗礼された動き。


 アルバは圧倒的な動体視力によってボウガンの矢を全身で躱す。同時に投石を連続するが盾にむなしく弾かれていった。


 次第に縮まる二人の距離。比例して増す矢のスピードと殺傷力。


(このままでは!)


 アルバは一世一代の大きな賭け——


 その脚力を最大限に活かして、上空へ高く跳ね上がった。


 霧は晴れていて、空中のアルバは太陽と重なる。

 逆光の中の獣人アルバは体勢を変え、急降下殺撃を仕掛ける。


 盾の真上、イリィスの雪色頭はついに丸見え。ボウガンもここまでの射角はすぐには対応出来ない。


 このまま命を刈り取る—— そう思った時だった。


 高度から全てを俯瞰出来た時に見えた、イリィスの背後にある“穴”


 —— それは巨大な筒。


 イリィスは背負っていた——を。


 大筒の底から伸びる紐。それはイリィスの口と繋がっていた。

 歯と歯でしっかり噛み、掴んだその紐をイリィスは思いっ切り口で引っ張る—— まさにこれが砲撃の引き金トリガー


 鼓膜を震わす爆発音と共に、つぶてが天へと射出。


 花火のように弾けて散る、散弾。その正体は入れたばかりの砂と石。


 —— アルバのスピードに砲弾を当てるのは困難。イリィスはアルバの投石から着想を得て、辿り着いたのがこの対空兵器。


 火薬の勢いで発射された砂と石はアルバとて耐え切れるものではない。


 全身に礫を受け、墜落するアルバ。人形が落ちたみたいに転がる身体。アルバ自身、これ以上闘うことも抗うことも出来ないと察した。身体は鈍く、苦渋の声だけが漏れていく。


 アルバの感情は破裂した。


 「……ちくしょう………畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!」


 怨みは吊り人形マリオネットの糸となり、アルバは生まれたての子鹿のように足を震わせながら立ち上がった。


 「獣人として生きることも許されず、欲を殺して働いて、それでも私に許されたのは傭兵ゴブリンを育てる血塗られた汚れ仕事ウェットワーク。だけど一生懸命育てて、愛着が湧いてしまった矢先に虐殺され、挙げ句の果てに敵討すら叶わず……騎士め……何が騎士だクソ。騎士騎士騎士騎士騎士騎士騎士騎士ぃぃぃぃ!!」


 アルバは焦点も合っていない狂気の目で爪を振り翳し、イリィスへ突っ込む。


 イリィスは懐から短剣を取り出し応戦。アルバの乱撃を一つ一つ短剣で的確に弾き返し、とうとう体力を使い果たしたアルバは膝から崩れ落ち、跪いた。


 「……騎士め。お前らがやった“焼き見せ”を私は一生許さない。生まれ変わっても、永遠に……」


 イリィスはアルバの言葉を理解していた。


 獣人は人間以上に外見重視主義ルッキズム。毛並みや耳の形、尻尾の長さで群れでの地位や優劣が決まる。

 その習性を理解していた騎士は獣人戦争の際、捕らえた獣人をあえて死なない程度に焼いた。


 火傷で醜い姿になった獣人を解放し、群れに返すことで精神的な攻撃を行い、更に群全体へ騎士の恐怖を伝染させる。これが“焼き見せ”。


 「私の父と母と妹も騎士に捕まり、8歳の私の目の前で焼かれたよ。家族の悲鳴が頭に突き刺さって、嫌な焦げた臭いが漂って、父と母と妹は別の生き物みたいに網の中で暴れ回ってたさ。


——私はどうしたと思う?


 近くにあった油をかけたんだ——家族に。


 そう、もっと焼いた。


 獣人は見た目が命の社会。とてもじゃないが全身を火傷すれば社会の最底辺を生きることになる。


 生きるよりもよっぽど苦しい未来を私たち家族は経験することになる。そうならないように……私は家族を焼き殺した!! ……分かるかこの苦しみが!!」


 イリィスはそれを聞いて——跪いた。


 アルバと同じ目線に立ち、更にイリィスの頭は下がっていく。


 やがて額は地面とくっ付いて、ひれ伏す。


 正真正銘、誠意のこもった土下座。 








 「……は?」


 アルバは口を開けたまま、唖然とするしかなかった。

 


 


 


 

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